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地域の危機は日常にあり

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年6月5日

法政大学名誉教授 岡崎 昌之(第3002号・平成29年6月5日)

東北地方にも春の息吹が感じられる頃、まちづくりの相談で数か所を訪れる機会があった。

まずは岩手県花巻市湯口地区で、湯治の宿が残る大沢温泉や「昭和の学校」、先人から伝わるソバや山菜などを活かそうと農事組合法人湯の郷が立ち上がった。ついで宮城の明治村とも呼ばれる旧登米(とよま)町は、中心部に優雅な姿を誇る登米高等尋常小学校や武家屋敷通り、旧水沢県庁などが保存され、山車とお囃子で賑わう秋祭りも340年続くが、高齢化と若者流出が進むなか、とよま絆の会が活動を始めた。上越市の旧高田城下は中心部に16㎞に及ぶ雁木が残る。そこに住む花の愛好家達は、丹精込めた花壇を来訪者に開放する「花のまち高田」の試みに挑んでいる。

いずれも地域に立脚した地道な取組で、全国でも同様な試みは多い。しかし、こうしたまちづくりを進めようとするとき、ともすれば陥り易い問題点がある。それは地域の情報発信をしたい、沢山の観光客を呼びたい、外からの評価を受けたいと、とかくまちづくりの目標が地域の外に向きがちになることだ。

日本の各地域には蓄積されてきた生活の技や歴史的な遺産がとりわけ多い。湯治やソバ、山菜も重要だが、それらをはぐくんできた湯口地区の里山には、数百年に渡る生活の蓄積がある。全国の里山には、そこに存在する豊富な食材とこれを食べ尽くす知恵や技量があった。しかし現在、これが農山漁村から失われようとしている。高田の雁木は軒を連ねた民家や商店が、共同してひさしを伸ばし積雪期にも歩行できる空間を確保したものだ。雁木の下は民地で、それを公共空間として活用してきた。新しい雁木を再建するだけでなく、雁木の空間が介在して形成されてきた高田の暮らしの仕組みをどう再生するかが不可欠である。

地震や津波、火事は地域の大危機であるが、まちづくりの危機は地域社会の日常の中に潜んでいる。日常に目を凝らし、いったん見逃せば破壊され失われてしまう、かけがえのない地域の価値や資源を、まちづくりにどう活かしていくか、この危機管理こそ重要である。