法政大学名誉教授 岡崎 昌之(第2939号・平成27年11月2日)
土地につけられた地名は大切だ。地域の成り立ちや特徴、歴史の蓄積を地名そのものが表している。例えば逆(さか)川と名付けられた河川は全国に数十ある。 100年に一度は潮位の上昇や本流の増水で、川の水が逆に流れて氾濫するかもしれないと、先人が警鐘の念を込めて付けたのであろう。
栃木県茂木町の市街地を流れる川も逆川という。昭和61年8月4日から翌日未明にかけて栃木県東部は集中豪雨となった。本流の那珂川の水位が上昇し、支流の逆川が茂木の市街地に向かって逆流した。 いわゆるバックウォーターだ。市街地の大半が1.5メートルを越える濁流にのまれ、役場も1階部分が浸水した。市街地全体が甚大な被害を受けた。
直前の町長選挙で、長く続いた町政を転換すべく、若手が立候補し「流れを変えよう!」と声を挙げた。あまりに真摯で強い声であったのだろうか、逆川が本当に流れを変えた、 という逸話もある。しかし茂木町ではこれを契機に、川と向き合うまちづくりに取り組んだ。河川の拡幅改修、商店街復興、女性たちの水質浄化活動、農村出会い塾の開講など、多様なまちづくりへと展開した。
今年9月の関東・東北豪雨では茨城県常総市で鬼怒川が氾濫した。常総市は水海道市と石下町が平成18年に合併した新市。今回の豪雨で破堤した地区は旧水海道市に位置する。 しかし合併後のこの地区の住所表示から水海道という地名は欠落している。川や水とは切り離せない意味合いをもったこの地名が、合併を契機に消えてしまったことが、 水への備えを軽んじることに繋がっていなければいいが。
平成の市町村合併では多くの地域名が消失した。合併後の地域内の融和を図るためと、意識的に旧来の地名を避けた地域も散見される。また合併時のしがらみから、 もとの地名とは無関係な名称、平仮名地名などを付けたところもある。平仮名では記憶に残りにくい。元の地名を復活させる、せめて町丁名としてでも残すべきだろう。 地域の由来や歴史を体現してきた地名は、地域の文化財、歴史への案内人ではないか。