法政大学教授 岡崎 昌之(第2803号・平成24年6月11日)
徳島県佐那河内村から、立派な写真集が手元に届いた。『伝えたい村の話・村の写真集』と題してある。発行は佐那河内役場、撮影は佐那河内村出身で 徳島市内に住む二科会所属の著名な写真家、荒井賢治さん。
佐那河内村は徳島県に残った唯一の村、明治22年に市町村制が始まって以来、どことも合併することなく、ひとつの村として今日を迎えている。しかし 村の人口は減り続け、現在では2700人となった。そんな村に危機感を持った原仁志村長は、先人が築いてきた村の風土や人々の絆、そして現在の村の姿を後世に 残しておこうと、「村の写真集」を作成することを考えた。早速、親友の兄でもあり、旧知の荒井さんに相談する。
荒井さんは写真家としてインドに50回以上も足を運んでいたが、変化するアジアの村を訪れるたびに、気がかりになってきたのは、自分を育ててくれた 佐那河内村の現状であり、厳しさを増す四国の農山漁村の集落であったという。その思いから平成23年には写真集『限界集落・ふる里に抱かれて』を発刊している。
村長の依頼を快く引き受けた荒井さんは「村を記憶に留めておこう」と撮影を始めた。癌を患う身には厳しい仕事であったが、村人の笑顔を求めて村中を 歩いた。写真集で目を引くのは、村内47常会(自治組織)ごとの村民の集合写真だ。8割以上の人が顔を出したというが、その笑顔と普段の姿が生き生きと 写しだされている。農作業の途中で来たのか草刈り機を持つ人、畑で採れたカボチャや人参を手にする人、一升瓶の箱に座る人、連れてこられた犬までが笑っている。
完成した写真集は村の全戸に配布された。「都会に住む親せきに送る」と沢山購入する人もいた。村に深く思いを寄せる写真家によって、魂を込めて 切り取られた、これらの村の光景は、人々に感銘を与え、村への愛着をより一層高めるに違いない。
残念なことに、荒井さんはこの写真集を撮り終えたあと、平成23年11 月、癌で他界された。遺志を継いだ由子夫人は、佐那河内村の荒井さんの生家を修復し、 全国から若手カメラマンを招き、農山村を主題にした“写真教室”を計画中とも聞く。