法政大学教授 岡崎 昌之 (第2701号・平成21年12月7日)
世界遺産があるのなら、地域固有の遺産指定があってもいいだろう。そんな発想から、住民が日常の視点で、身近な地域の遺産を選び、地元の誇りにしていこうという試みが、岩手県遠野市で取り組まれている「遠野遺産」認定制度だ。平成19 年に制定された遠野遺産認定条例に基づいている。
遠野は周知のとおり、柳田國男の『遠野物語』により、「日本のふるさと」、「民話の里」として、年間200万人の観光客を集め、全国に広くその存在が認められてきた町である。河童やオシラサマ、山女などの民間伝承、各集落に伝わる獅子踊りや神楽、観音様や神社など、実際に多くの遺産が現在も引き継がれている。
こうした遠野らしいもの、住民が愛着を持ち身近に感じているものを、「遠野遺産」として認定し、その保護、活用をとおして魅力ある故郷を創出しようとするものだ。対象となるのは、建造物や石碑などの有形文化遺産、芸能や習俗などの無形文化遺産、巨石や動植物などの自然遺産、またそれらの複合遺産などあらゆるものに及ぶ。年に一度、地元から推薦を受けた遺産を、市民で構成する遠野遺産認定調査委員会の現地調査を経て、市長が認定する。今年12月中旬、第4回の認定が行われ、遠野遺産は99になる見込みだ。
特徴は遺産推薦者を個人でなく、地域づくり団体などのグループにしている点である。認定後、遺産を地域のなかに大事にしまい込むのではなく、十分な保護、活用を図るためには、遺産を核に、地域の力を結集してもらいたいとの思いからである。またその活動を支援する補助金も用意されている。
『遠野物語』にも出てくるデンデラ野は、昔、60歳をこえた老人が棄てられた場所として、遠野郷にいくつかあったと伝えられている。そのうちの一つ、市内土淵町山口では、山口デンデラ野として遠野遺産の認定を受けた。そこで山口自治会が中心となって、そこに登る道の整備だけでなく、カヤで作った簡素なあずま屋も出来上がり、観光客にも人気のスポットとなっている。
『遠野物語』も来年(平成22 年)で発刊100周年を迎えることになる。市ではこれを一つの契機に、深く歴史に根ざし、はるかに将来を見つめ、住民と協働するまちづくりを模索している。