法政大学教授 岡崎 昌之 (第2645号・平成20年7月7日)
熊本県人吉市で「ひまわり亭」を主宰する本田節さんたちが核となり、人吉球磨のグリーンツーリズムのグループが活発な活動を展開している。人吉市を取り巻くように、県南部の1市9町村が連携し、農家民泊経営農家や特産品物産館などが加盟している。
本田さんの紹介を受けてそのうちの1つ、人吉市上戸越の農家民宿つばき坂に泊った。市内といっても山間部で家の前は谷地田に近い田んぼ、後には山が迫る。蔵風の離れを2年前に新築した民宿で、シャワー、トイレも完備し快適だった。
60代の上井さん夫妻が経営している。朝食は自家製の素材を使ったもので、とくにご飯が美味しかった。聞くと、この辺りは川の最上流で、山からの湧き水を引いた家の田んぼで作ったものだという。食後のお茶がまた格別だった。これもすぐ裏の持ち山からの湧き水で沸かしている。考えてみれば何とも贅沢な朝食であり、暮らしぶりである。
全国各地の農山漁村にこうした快適な民宿が増えてきた。これらは日本人のみならず海外の客にも、景観や食、環境や文化といった視点から、本当に豊かな日本を経験してもらう重要な資源である。農家の主婦達が運営する能登半島の農家レストランには、アメリカ東海岸から多数の客が訪れているという。
ただ2点留意しておく必要がある。ドイツでも盛んな農家民泊(アグリツーリズム)であるが、夏休み前のこの季節に“農家で休暇を”と題した分厚い農家民泊案内書が発行される。的確な情報が紹介されておりベストセラーになる。そろそろ日本でもこうした農家民泊についてのきちんとした案内書が必要であろう。
もう1点はこれを支える農山村の女性労働力についてである。ともすれば料理や民泊に力が集中し、女性が労働過重になってしまいがちだ。美味しい食事はとても有難いが、もてなしを優先しすぎて、本来の生活の場である集落全体の在りようが崩れてしまうと元も子もない。食、体験、見学などを地域内のネットワークで受け止めていく仕組み作りが大切になってくる。