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過疎地に息づく新企業

印刷用ページを表示する 掲載日:2003年1月27日更新

法政大学教授 岡崎 昌之 (第2425号・平成15年1月27日)

島根県大田市大森町は、石見銀山にまつわる町並み保存に取組んでいる。歴史を遡ってみると、銀山が最も盛んだった江戸時代初期には、大森を中心に、周辺地区を合わせて20万人がいたという説もある。その後、銀山は廃れた。昭和の合併時、大森町は激しい町内の対立をおして、大田町と合併した。現在では大森町の人口は472人(2000年国勢調査)。

昭和50年代初期、昔からの家屋は崩れ始め、大森の古い町並みは崩壊寸前であった。しかし住民による文化財保存会等の地道な活動で、1987(昭和62)年に重要伝統的建造物群保存地区の指定を受けた。2001(平成13)年には世界遺産の暫定リストにも登録された。今では町並みの家屋の内、4割の修復が完成し、UIターン者も増え、ここを訪ねる観光客は年間30万人に達するようになった。

その背景には、この町並み保存地区の南北に位置して活動する、2つのユニークな企業が大きく貢献している。北にあるのは中村俊郎氏の経営する中村ブレイス(株)。オーダーメイドの義肢装具と乳がん患者向けの人工乳房の製作で、高い評価を内外から受けている。社員60人の平均年齢は28歳で、そのほとんどは大森町及びその周辺の人たちである。「今の若い人たちは心優しく、患者さんの悩みをよく聞いて、商品開発に取組んでくれる」と中村さんは信頼する。本社社屋は大森の町並みに配慮した白壁と瓦葺き、新しい製作工房は近隣から移築した古い造り酒屋の建物で「メディカルアート研究所」と看板が掲げてある。

南に位置するのが、松場博之・登美夫妻の経営するブラハウス。エプロンや袋物のギフト商品からスタートし、現在では群言堂ブランドの女性用アパレルが中心で、東京、京都等にも直営店を持つ。しかし国内の素材を使用し、製作は石見銀山にこだわる。ここにも約50人の若い人たちの雇用の場がある。町並み内の古い旅館を改造してレストランとショールームへ、最近では町並み地区内の文化財を買い取り、石見銀山と外を繋ぐまちづくりサロンを立ち上げようともしている。地域に根付き田舎だからこそ出来る物づくり、優しい人づくりを目指して、(株)石見銀山生活文化研究所と社名も変わった。