法政大学教授 岡崎 昌之 (第2367号・平成13年8月27日)
北部東北の山地はゆったりとうねるように広がっている。この自然豊かでなだらかな山地の草を食むに適した品種として開発された牛が、日本短角種である。かつては同じくこの地方で飼育されていた軍馬とともに、北東北の林間や牧野に放牧されていた。頑強で林間の自然の下草だけで、親子ともに育ち、肉をつけることが出来る。だが自由化を契機とする全体的な牛肉価格の低迷、とくに日本短角牛の肉は赤身でサシが入りにくく、牛肉としてのブランド化が出来にくい。そんなことから1985年には2万頭もいた日本短角だが、98年には9千頭を割り込むまでになった。
しかし一頭あたり0.5haしか草地管理できない黒毛和種に較べ、日本短角は倍近い0.9ha草地が管理できる。しかも短角によって管理された草地の草は短く、多くの虫が住み着き、それを餌にする鳥も寄ってきて、より多様な自然が回復するという報告もある。濃厚飼料を多給し、舎飼が中心の黒毛和種では、輸入飼料への依存や糞尿処理問題が深刻化し、地域的な課題を抱えるところも多い。
岩手県安代町も日本短角への期待や課題を抱えつつ、何とか飼育を続けてきた地域のひとつである。現在、町内五ヶ所の牧野で約450頭が飼われている。そのうちのひとつ新町牧野農業協同組合では約200頭が飼われているが、飼育者の大半は60歳以上の高齢者である。夏山冬里方式で飼われる短角をこよなく愛し、冬の共同牛舎にはこれら高齢者がふもとから集まり、牛に餌を与えたり、ブラッシングをして面倒をみる。牛談義に花が開く。冬の共同牛舎がまるでお年寄りのサロンとなり、短角を飼うことが生き甲斐になっているという。
1967年6月の地元紙岩手日報にもうひとつの短角の牧野である七時雨山麓(ななしぐれさんろく)の一面写真が掲載されている。短角によって頂上まで見事に草地管理されている。現在も美しい七時雨山の山腹の牧野には多くの観光客が訪れる。だが同じ頂上付近を見上げると、雑木が生え、一部は土砂崩壊まで起きている。経済的な効率は低いが、持続的に美しく自然を回復させ、高齢者の生き甲斐ともなる日本短角を、何とか蘇らすことは出来ないか。