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ネオ内発的発展論

印刷用ページを表示する 掲載日:2011年10月31日

ネオ内発的発展論

明治大学教授 小田切 徳美(第2778号・平成23年10月31日)

地域の再生戦略として「内発的発展論」が言われて久しい。その中心的論者である経済学者・宮本憲一氏がまとまった形でそれを展開したのは、1982年のことであり、30年が経とうとしている。

しかし、その後この議論に大きな前進があったかといえば,それは疑問である。おそらくは、「内発的」という共感を得やすい言葉により、誰もが論じるものの、その中身は豊富化しないという、いわば「総論賛成・各論不在」という状況に至っているように、筆者には思える。

実は欧州にも共通の思いがある。筆者が現在滞在する英国のニューカッスル大学・農村経済センターでは、既に15年ほど前から、内発的発展論を「現代欧州にはフィットしない」として、次の様な議論を展開する。「どこでも外来的な力と内発的な力は存在する。地方レベルでは内部と外部が相互に関係し合わなくてはならない。両者を自分たちのためにハンドリングできるような地方自らの能力をいかにして高めていくかが重要である。それを意識する発展戦略を『ネオ内発的発展論』と呼びたい」。

この議論では、「自らの能力」を高めるための様々な主体によるネットワークの意義が提唱され、さらに内外の力をつなげるための「外部のリーダー」の重要性が論じられる。特に前者に関しては、「大学の役割がここにある」として、地域活動家、コンサルタント、行政担当者、そして研究者を横断した実際の「地域ネットワーク」を、大学を中心に立ち上げ、各種のシンポ、学習会、またネットワークを通じた大学実習が実践されている。

こうした議論と実践が、その時期に生まれたのは、欧州統合と無関係ではない。国境が無くなるという歴史的瞬間を目の当たりにして、欧州内部における激しい地域間競争が意識され、新たな地域経営戦略の議論が加速化したのであろう。こうした歴史的文脈は、彼我を比較する際には忘れてはいけない。

とはいうものの、グローバリゼーションは、わが国でもいよいよ決定的に進もうとしている。最近では、欧州と同様に内外の力の結集のために、「共発的発展」や「双発的発展」という表現が複数の論者から提案され始めている。「不在」状態にあった「内発」の中身を、あらためてわが国なりの文脈で議論することが迫られているのである。