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遺伝子スイッチのオン・オフが人生を決める

印刷用ページを表示する 掲載日:2013年11月18日

筑波大学名誉教授 村上 和雄(第2860号・平成25年11月18日)

ヒトの全遺伝情報(ゲノム)と、ヒトに最も近い現存動物種であるチンパンジーのゲノムの解読が、最近完了し、大変興味深い事実が判明した。

それは、ヒトにはあるが、チンパンジーには無いという遺伝子は一つもないのである。それでは、ヒトとチンパンジーのゲノムの3.9%の差とは一体何かを探索した結果、その1つに、 大脳皮質のしわの形成に関与する配列が発見された。

しかも、その配列は予想に反して、タンパク質をつくるためのDNAではなかった。その働きは、遺伝子のオンとオフのタイミングや場所の決定に関わると考えられている。

こうした、ゲノム解読によって見えてきたのは、遺伝子スイッチの重要性である。形態の進化を引き起こす最大の推進力は、遺伝子の基本的設計図の変異ではなく、 オンとオフをつかさどる遺伝子のスイッチの変化である可能性が高い。

一方、私どもは笑いという陽性刺激が糖尿病患者の食後血糖値の上昇を抑え、その際、オンまたはオフになる遺伝子を発見した。こころの働きを変えるだけで、ヒトは、 遺伝子レベルでも高次の人間に進化できる可能性がある。

このように、ゲノム解読後に新しい遺伝子観や人間観が登場しつつある。遺伝子は、身体や脳を作る命令を出すが、すぐに、経験によって作ったものを改造していく能力も有する。

従って遺伝子は、私たちの身体の中で起こっていることの中心的な原因ではなく、環境に柔軟に対応して働く一種の装置にすぎない。

DNAという装置を使い、材料を集め、エネルギーを使って私たちの身体を真に動かしているものは何か?それは、大自然の偉大な力(サムシング・グレート)であると私は思っている。

身体や、まして命はDNAに支配されているのではない。命の本質については、最先端の生命科学をもってしても、まだまだ分からない。