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新しい医療誕生の夜明け

印刷用ページを表示する 掲載日:2008年8月25日

筑波大学名誉教授 村上 和雄 (第2650号・平成20年8月25日)

新しいヒト万能細胞(iPS細胞)の作製に成功し、世界的に注目されている京都大学の山中伸弥教授に直接お会いして話す機会があった。まず、山中教授の大変謙虚な人柄に心をひかれた。あの偉大な研究ができたのは先人や多くの共同研究者のお陰であることを強く述べられた。もともと誰もが難しいと思っていたiPS細胞を、たった3個のオンとオフに関連する遺伝子を皮膚の細胞に入れるだけで成功し、世界の研究者を驚かせた。

あらゆる生物の受精卵のゲノム(全遺伝子情報)には、将来、作られるすべての細胞や臓器に関する情報が書き込まれている。この受精卵は、どのような細胞にでも成長できる全能性がある。

しかし、受精卵はいったん分裂を始めると、ごく初期の段階を除き、この全能性は失われ、それぞれ異なった細胞や臓器に分化していく。そして、分化した細胞は、もう元の万能細胞には戻らないと長い間信じられてきた。

この常識をくつがえしたのがクローン羊の誕生であった。それから10年が過ぎ、昨年、新しいヒト万能細胞が誕生した。これは、受精卵から出発したものではなく、皮膚の体細胞から万能細胞を作り出すのに成功したものである。

この成功には、二つの大きな意味がある。一つは、体細胞を使うために、倫理面の問題が回避できること。二つ目には、自分の傷ついた細胞や臓器などを、自分の細胞で作製できる再生医療に大きな道を開いたことになる。 

この研究は、世界で厳しい競争が始まっている。日本でも文部科学省らが、5年間で1千億円という異例の追加予算を決定した。しかし、アメリカは官民合わせて10兆円という二桁も多い予算を投入しようとしている。

いま、日本にとって大切なことは、この基礎研究を実際の医療に応用するために研究を進めることである。さらに、この様な独創的な成果が次々と出ることである。そのためには、研究者に自由な時間と資本を提供し、長い目で、その成果を見守ることが大切である。