筑波大学名誉教授 村上 和雄 (第2454号・平成15年9月29日)
祖母が口癖のように言っていた言葉があります。それは「うちは天に貯金をしているからね」という言葉でした。母も同じことを言いました。
人を喜ばせるために、天に貯金をしておくと、後で利息を付けて必ずかえってくるというのです。しかし、すぐ実を結ぶときもあれば、何十年もかかる時もあります。その見返りも、人間は一代限りでなくずっと続くのだから、自分の代ではなくても、後の代に見返りがあればいいではないかという考え方なのです。その頃、まだ子供だった私はこの言葉に少し不満で「天の貯金もいいけれど、少しは自分にも貯金してくれないかな」と思ったものです。
祖母はこれをよく農家の種まきに例えていました。それは春に種をまくために、冬の間に堆肥などを土に十分与えて、それで春の芽生えに備えることです。
人生も同じで、どんなに苦しくても種まきの前の準備が重要です。祖母はそれを「天に預けておく」という表現でいっていたのです。
私の研究室で、脳の中にレニンが存在することを証明するために、牛の脳下垂体3万5千個の皮むきをした時のことです。その皮を剥ぐ作業は6ヶ月も続きました。早朝7時から仕事をしても、アルバイト代も、早朝勤務手当も、いっさいありません。私はみんなに「身銭を切ろう」といいながら頑張ってもらいました。とにかく研究費が足りなかったのです。無償の人海戦術でした。身銭を切って、自分を追い込むことで、自分の心の中にある大きな力を引き出すことができました。だから、私は若い研究者に、こう言っています。
「3年間は、自分のボーナスも研究に使いなさい。奥さんを拝み倒してでも。そうして身銭を切って3年努力すれば、必ずきちんと芽が出てきますから」
身銭を切るお金は、「シード(種)・マネー」です。種まきです。種をまけば芽が出ます。蒔かなければいつまで待っても芽は出ません。芽がでれば成果が現れます。成果が出れば、お金は後からついてくるのです