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水源地の村の覚悟を讃える

印刷用ページを表示する 掲載日:2013年8月19日

早稲田大学教授 宮口 侗廸  (第2850号・平成25年8月19日)

奈良県川上村は、吉野川の源流の村である。もともと吉野林業発祥の地で、200年を超える人工林が何カ所もある。そしてこの川上村は、長年、平野部の利水と治水のためのダム建設に翻弄されてきた村でもある。

紀伊山地から北流する吉野川は西に流れを変えて紀ノ川となり、奈良県北部の大和平野には水をもたらさない。川上村の上流部には、40年前、長年水不足に悩まされてきた大和平野の水田を潤すために、 大迫ダムが建設された。さらにその着工前に治水が主目的の大滝ダムをつくる計画が発表され、続いての大量の水没移転に村は大揺れに揺れた。その後の長い交渉の末、 昭和56年に大滝ダム同意の覚書が交わされ、同63年にダム本体の工事が始まったのであるが、紆余曲折の末にダム建設を受け入れた川上村は、これを機に、「水源地の村」を村づくりの拠りどころとすることを決めた。

平成8年には全国の川上6町村で結成した川上サミットで「川上宣言」を発した。これは、水源地の村として下流にきれいな水を流し、自然とのつき合いの中に産業を育み、 人と自然のすばらしいつき合いをつくっていく崇高な決意を5か条にまとめたものである。

その後川上村は、貴重な手つかずの自然である源流部を村有地とし、さらに豊かな自然のビジターセンターとして、新しい造成地に<森と水の源流館>を建設した。 そしてこれらの管理主体として「(財)吉野川紀ノ川源流物語」を置き、有能な専門スタッフを配置している。源流館には豊かな自然が実感できる展示があり、その主催する<水源地の森ツアー>には、 下流部の和歌山市の小学生を始め、多くの人が参加する。多くの学びのイベントに加え、和歌山市民の森づくり事業も推進している。昨秋、大和平野土地改良区から、 水のお礼として「おかげ米」が送られてきたが、これも川上村の日頃の発信が下流の人に届いた結果であろう。昨年村政を引き継いだ栗山村長は、「水源地の村づくり課」を置き、川上宣言を村是とされている。

試験湛水時に非水没集落で地滑りが発生したため不幸にして完成が大幅に遅れた大滝ダムは、ようやくこの3月に盛大に竣工式を終え、ダム湖は「おおたき龍神湖」と名づけられた。 人と自然そして社会と自然のかかわりのさまざまな局面を学ぶことのできるこの村に、ぜひ多くの人に訪れてもらいたいものである。