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田峯観音奉納歌舞伎と田峯小学校

印刷用ページを表示する 掲載日:2012年9月3日

早稲田大学教授 宮口 侗廸  (第2812号・平成24年9月3日)

愛知県の三河の山間にある設したら楽町は人口5500人余り、その9割を山林が占めるが、その南の入口の田だ峯みね地区には15世紀創建と伝えられる田峯観音が鎮座する。 ここで毎年2月に地区住民による歌舞伎が、300年以上にわたって奉納されてきた。この歌舞伎奉納は、かつて天領の木にかかわる代官の検査を観音様が真夏に雪を降らせて 止めさせたという故事に由来するものであるが、90戸余りが谷や高たか座ざという座を守り、過疎化の中でも奉納を続けていることに驚きを禁じ得ない。 児童数14人の田峯小学校の児童は、大人たち40人に加えて、全員が座員である。後継者の育成のために小学生を座員とするようになったのは昭和50年代の初めで、以後、 大人の歌舞伎に加えて小学生歌舞伎をも奉納してきた。 

田峯小学校には、昭和初期に米国から日米親善を願って送られた〈青い目の人形〉のうちの一つが、今もある。その多くは日米開戦後に焼却されたが、この地区ではこの 人形グレースを守ってきた。そして戦後グレースのふるさとが判明し、還暦祝いの際に里帰りの話が盛り上がり、それに合わせて子供歌舞伎をアメリカの人に見てもらおうという案が浮上した。 

イリノイ州への人形の里帰りと子供歌舞伎の訪米は1990年に実現し、驚くなかれ、以後3年に1度、4年生以上の全員参加で、今年8度目の訪米公演を果たしている。 この間の小学生全員が訪米し、日本文化の粋を舞台で演じたことは、ふるさとの価値を自らに刻み込むことにもなったであろう。近年は大人の歌舞伎にも要望があり、 大人数での移動経費は巨額であるが、地元関係者の寄付がその多くを支えていることは、連綿と受け継がれたふるさとの価値への思いの強さを物語る。 

小学校の教員の多くも座員として歌舞伎の奉納に加わり、一体となって歌舞伎を守っていることが田峯小学校の存在価値を高めている。そしてこの地区では、 小学校の存続に資するために、財産区の森林の活用から得られた資金7000万円を投じて宅地造成を敢行したが、すでに14戸がここにⅠターンし、小学生も増えた。 ふるさとの価値をさらに高めようという地域の思いを具体的な形で実現してきていることに、心から敬意を表したい。