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ソバの魔力

印刷用ページを表示する 掲載日:2009年10月26日

早稲田大学教授 宮口 侗廸  (第2697号・平成21年10月26日)

近年、全国に数え切れないほどのソバの店が誕生した。といっても、街中で出前もした従来型のそば屋さんではなく、山村の街道沿いや村はずれに生まれた、本格的な手打ちを売りにした店のことである。そば街道という名も多い。とくに、集落の活性化をめざして地域の人たちの力を結集した店が各地で生まれていることは、まことに喜ばしい。

富山市に合併した旧山田村は、まさに山の田んぼで生きてきた村であるが、そこに24戸の清水(しょうず)地区がある。ここに地元の女性たちの手で毎日お昼前後に営業するソバの店が生まれ、評判がよくて今年で8年目になる。合併を前に地区の活性化の方策を議論し、中山間地直接支払いを活用して、ソバの店を出すことを決めた。地区には大工さんや建設業関係者もいて、ほとんど手づくりで立派な店ができたが、これこそ田舎の地域が持つ総合力である。いまは8haの畑で2トンのソバ粉がとれ、一部は東京へも出荷している。

筆者は20年近く前にこの村の総合計画のアドバイスを依頼され、その後たびたび講演や村づくり塾の講義に通った。そしてその中で、農山村で新しく何かが生まれるには人のたまり場が必要だという「一集落一カフェ論」をたびたび語ったのだが、ソバの店づくりに踏み切るときにその話が大きな力になったと聞いた。また別の地区では、村づくり塾のOBが青空市場という直販施設で頑張っていることも知り、この上なく嬉しかった。昨年度の美の里づくりコンクールの大臣賞に輝いた岡山県美咲町(みさきちょう)境地区も、棚田に紅い花のソバを植えることを起爆剤に紅そば亭という店を地区で運営し、すばらしい活性化を実現している。ソバは健康によく、どの店の味も微妙に違って飽きがこない。このことこそ、「ひと味違う」ことを尊ぶ日本の人にとっての、ソバの魔力に他ならないと思う。打つ方も自らのレベルアップを実感できるし、農地の活用にもなる。都市から車で30分ほどの場所も多く、まだまだ需要は伸びそうである。そしてあらためて、このような事業に活用されている中山間地直接支払い制度の意義を、強く訴えておきたい。