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小さな村のオリジナリティ

印刷用ページを表示する 掲載日:2002年6月24日

早稲田大学教授 宮口 侗廸  (第2403号・平成14年6月24日)

この5月始め、昨年度の農村アメニティコンクールで最優秀賞に輝いた、岩手県沢内村の祝賀会での記念講演に呼んでいただいた。

沢内村は今から40年以上前、故深沢村長のもとで、国保の10割給付という形で老人医療の実質的無料化を実現した偉大なるオリジナリティを示した村である。貧乏と吹雪と病気しか名物がないといわれた岩手の寒村で始まった地域包括医療体制は、医師や保健婦の献身的な働きのもと、乳児死亡ゼロや全村的な健診体制などの輝かしい成果を生んだ。

沢内村には、東西に傾斜の強い大きい屋根をつけた同じ形の大型民家が多数存在する。雪が自然落下しても不都合がないよう家々の間合を取り、南向きの大きな切妻の壁面には、北国の乏しい陽光を取り入れるための二重窓がいくつも切られている。すでに築後相当の年月が経っているものもあるが、実はこの家の原型は、昭和35年に沢内村に赴任した加藤医師の発案になるものである。

かつての東北や北陸の農家は、暖房どころか吹雪が舞込むようなつくりのものが多かった。往診に行ってあまりの寒さに驚いた医師が真剣に家の設計を提案し、村人たちが反応して、雪国初めての合理的な家が新築されていった。今でこそ新潟県を中心に、屋根雪が自然落下する家が増えたが、それよりもはるか以前に小さな村で考え出された沢内型民家のオリジナリティは、大いに語り継がれてよい。

今この沢内村で、旧道のトンネルを雪室にして農産物の貯蔵所を作ったり、生活改善グループの料理研究などの動きが生まれている。暖めた大豆を雪の中に埋めてつくる雪納豆という貴重な食品もある。これらの動きは、穏やかな農村風景がつくり出すアメニティを求めて多くの人が訪れる場づくりにそのまま繋がるものである。早くから画期的な取り組みをしてきた村に、今も新しい価値が生まれていることを喜びたい。長い冬の後、梅・桃・桜が一斉に開花するいい季節に、集落の近くでカタクリや水芭蕉の群落にも出会うことができた。天候にも恵まれ、なんとも美しく穏やかな春の1日であった。