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失敗の教訓

印刷用ページを表示する 掲載日:2002年4月1日

評論家 草柳大蔵(第2393号・平成14年4月1日) 

大分県の湯布院温泉は、たとえば宿が料理に出す料理の食材はほとんど周辺の町村の産物だし、宿の建材も木材が中心です。一度、研修旅行にお出かけになってはどうです、と言うと、観光で生きている町村のリーダーたちは、ほとんど「もう見てきました。たいへん参考になりました」と答えるが、そのあとの話の中に研修の結果を生かした例は、これまたほとんど出たことがない。

湯布院とて例外ではなく、近頃は町の景観にそぐわないログハウスが建ったり、工場生産の食料品が売られたりして、苦労してこの町を作った人のヒンシュクを買っている。それでも、宿泊客の60%近くがリピーターという数字はすばらしい。

この魅力の原因は、1回や2回の研修旅行で理解できるはずはなく、『失敗の原因』という日本の敗因を研究した本がベストセラーになったように、成功談に耳を傾けるよりも、「火の消えたような町」を探ぐる方が効果的なのではないか。

私の住んでいる熱海市が『観光白書』を出した。観光客が最盛期の1991年にくらべて100万人減、宿泊施設は1991年の710軒から514軒と、約200軒が消滅している。売り物の「熱海梅園」の客も減少の一途で、81万人と最低記録。海水浴場も10年前にくらべ半分以下の14万5千人となっている。

この衰退の原因を市の商工観光課では「充実した施設やイベントが必要。小手先の企画では、客は喜ばなくなった」と分析している。

まったくそのとおりで、「忍者屋敷」だの「犬の博覧会」などやっても、よろこぶ人より呆れる人の方が多くて、入場者がないので忍者が屋敷のブランコに乗っていたという笑い話ばかり残った。「志」という字は「士」と「心」からできているが、「士」は「之」であると白川静博士の『字通』に出ている。「之」を求める心、つまり金儲けよりも前に行楽者のよろこびをつくれるかどうか、それが先決だと行政は理解すべきなのである。