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タダの公共投資

印刷用ページを表示する 掲載日:2000年12月4日

評論家 草柳大蔵(第2338号・平成12年12月4日) 

公立病院の経営が大変だというので、患者を減らさぬ方策として「さん」づけから「さま」づけにしようという考え方が検討されている。バカげた話で、患者は呼び捨てにされないかぎり、どう呼ばれようと病気を早く癒してくれるほうが有難い。ただ、一時ハヤった「さあ、おとうさん脈を測りましょう」「さあ、おばあちゃん着物を脱いで」を年端もゆかぬ看護婦にいわれるとムッとするようだ。

「さん」を「さま」に変えるような見えすいたことをやめて、病院の待合室の壁に名詩を出したらどうだろう。ニューヨークの州立大学病院の壁にはこんな言葉があると神渡良平氏が紹介していた。

大きなことを成し遂げるために力を与えてほしいと神に求めたのに/謙遜を学ぶようにと弱さを授った。より偉大なことができるようにと健康を求めたのに/よりよきことができるようにと病弱を与えられた。幸になろうとして富を求めたのに/賢明であるようにと貧困を授った。世の人々の賞讃を得ようとして成功を求めたのに/得意にならないようにと失敗を授った。求めたものは一つとして与えられなかったが願いはすべて聞き届けられた。神の意に添わぬ者であるにもかかわらずすべて叶えられた/私はあらゆる人の中でもっとも豊かに祝福されたのだ。

病院の待合室でこの詩を読んだ患者のうちの何人かは、自分の病気や人生に対する考え方を変えたに違いないと思う。日本の町村にも沢山の名言や訓戒がある。いま、経済はきびしく地方行政の運営も萎縮しがちである。こんなとき、金のかからぬ方策として、すばらしい地方出身者の言葉を復活し住民のみなさんに送ったらどうだろう。すばらしいヒール剤になると思う。たとえば新潟。会津八一氏が自宅に郷土出身の学生を泊らせていたとき、「学則」を書いて欄上に貼った。

一、ふかくこの生を愛すべし。一、かえりみて己を知るべし。一、学芸を以て性を養うべし。一、日々祈面目あるべし。

時にはタダの公共投資も悪くなかろう。