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懐しい新しさ

印刷用ページを表示する 掲載日:2005年9月5日

静岡文化芸術大学学長・東京大学名誉教授 木村 尚三郎
(第2532号・平成17年9月5日)

「愛・地球博」での、「サツキとメイの家」が大人気である。宮崎駿監督の映画「となりのトトロ」(1988年)に出てくる昭和30年代の家を再現したもので、1日800人限定の完全予約制となっている。8畳2間、6畳1間、それに10畳ほどの洋間1つの、かなり大きな家である。

筆者が昭和30年ころ住んでいた家は6畳、4畳半、3畳の3部屋しかなく、その3畳間に、大きな段差の、土間の台所が接続していた。

何とかこの狭くて不便な、和風のくらしから脱け出して、洋風の、近代化したくらしを実現したい。その思いで貫かれていたのが、私の青年時代であった。それは同時に、当時の大都市に暮していた、庶民一般の願いであったはずである。

今日の若い人たちには、その思い、その経験がない。和風の、そして一部洋風の、御丁寧に井戸まで付いている大きな「サツキとメイの家」に、未知ながら何かしら懐しい郷愁のようなものを覚えているようだ。そこに彼らが見いだそうとしているのは、チャブ台を囲んだ、暖かで和やかな、今は失われてしまった家族みんなでの平和な団らんの世界、安心の世界であるように見える。

現実の体験者としてはまことに複雑な気持であるが、若い人たちにとっては、今や「懐しさ」が「新しさ」なのであろう。もとホテル付きの駅だったパリのオルセー美術館、もと火力発電所だったロンドンのテート美術館の、大きな人気を支えている秘密の1つが、やはりこの「懐しい新らしさ」である。

古い蔵が、おしゃれな和風レストランに生まれ変った信州・小布施の「蔵部(くらぶ)」は、若い人たちに人気である。古い物をただ保存するのではなく、そこに新しい感覚を吹き込んで生命をよみがえらせるのが、本当のルネサンス(再生)である。「懐しい新しさ」による、都市再生のときがやってきた。 

「サツキとメイの家」を万博終了後はわが町にぜひ移築したいという要望は、いま全国から殺到している。 

これがどのような形で生かされることになるのか、楽しみである。