NHK解説主幹 今井 義典(第2525号・平成17年7月4日)
「ディベート」という教育用の討論がある。ある論題について「肯定派」と「否定派」に分かれ、一定のルールのもとで議論を戦わす。自陣営の主張を論証できたほうが勝ちだ。裁判を思い浮かべればよい。その昔オックスフォード大学とケンブリッジ大学が伝統の一戦で、「地球は平らだ」という論題で争ったとき、なんと肯定派が勝ったという。「地球は丸い」と誰もが教わるが、証明するのは意外に難しそうだ。
その「地球は平らだ」論、厳密にいうと「世界は平らだ」論が、いまアメリカで脚光を浴びている。ニューヨークタイムズの記者が書いた同名の本が、ベストセラーになっているのだ。著者は「ITのメッカ」インドのバンガロールに旅をする。そこで地球の反対側、インドのテレホンセンターに詰める若者たちが、アメリカ訛りの英語を習得して、アメリカの消費者からの問い合わせに対応するのを目の当たりにする。あたかも隣町にいる電力会社やパソコンメーカーの窓口担当者のような様子で、実に巧みにこなす姿に衝撃を受ける。いわゆる「アウトソーシング」である。ITの発達の結果、世界のどこにいようと、その人に能力や知恵があれば、グローバルな経済競争に参加する機会が平等に与えら「」れる、それを世界は平らになったと著者はいう。「インドは英語ができるから例外だ、日本は関係ない」なんて考えたら大間違い、アメリカの大手パソコンメーカーの日本人顧客向けのテレホンセンターはお隣中国の大連にあるのだ。
モノの世界はヒトより先にどんどん平らになっている。最近世界中で爆発的に売れている米アップル社の「iPOD」という携帯プレーヤーの主要な部品は日本製だが、その一つは長野県穂高町にある小さなメーカーが供給している。平らになった世界では、どこの国の製品か、どこのひとの作業か、議論すること自体意味がなくなりつつある。
グローバル化で幕を開けた21世紀、ますます平らになっていく世界で、日本は太刀打ちしていけるだろうか。若者たちの感性と努力に期待するほかはない。