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農村版まちなか居住の試み ―暮らしがいを決め手に―

印刷用ページを表示する 掲載日:2010年4月12日

作新学院大学総合政策学部教授 橋立 達夫 (第2716号・平成22年4月12日)

土澤商店街(岩手県花巻市東和町)の新長屋プロジェクト、『こっぽら土澤』が、構想から8年、いよいよ着工の運びとなった。若き日の宮沢賢治がしばしば通ったという商店街は、かつてのにぎわいを失い空き店舗が目立つようになった。日常の生活必需品もそろわず、遠くまで買い物に行くことのできない高齢者は住み慣れた町からの移住を余儀なくされる。そんな中で、「生まれ育った土地に最期まで住み続けたい。昔のように隣近所で支え合いながら仲良く暮らしたい」(岩手日報より)というお年寄りの声から始まったのが新長屋プロジェクトである。

地域住民が自ら会社を設立し、国の地域再生計画の認定を受けて、商店街の店舗5軒を再開発して、17戸の集合住宅と階下のテナント区画8区画からなる商店街の拠点施設を建設する。賃貸住宅には高齢者を中心に入居してもらい、分譲住宅、地権者住宅の入居者と世代間の助け合いのある人情豊かな現代風の長屋を創出しようというものである。テナント区画には地権者の画廊喫茶、きのこと山菜の店の他に、健康用品の店、地域の女性たちが新たに起業するコミュニティ・レストランと総菜屋(その名も「お助けキッチン」)などが入ることになっている。入居者は冬の東北の厳しい生活条件から逃れてまちなかの居住による利便を享受し、また階下で展開されるコミュニティビジネスに参加して働くこともできる。商店街のほかの店のお客として、また周辺の農村部とまちをつなぐキーパーソンとして、農産物や人の流れをつくる役割を果たすことが期待される。入居者の暮らしが生活を豊かに楽しくする。

互いに顔見知りの商店街での事業ゆえに、人間関係や利害の対立などから、構想から実現への道筋には様々な紆余曲折があった。しかし「ここを暮らしやすくして住み続ける」という関係者の熱い想いが事業を実現させた。全国で同様の問題を抱える地域は多いが、新しい道を切り拓く試みとして、エールを送りたい。