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「地域主権」とは何か 「大きな政府」「小さな政府」論の虚妄

印刷用ページを表示する 掲載日:2010年1月11日

経済評論家 内橋 克人(第2704号・平成22年1月11日)

「地方分権」に代わって「地域主権」ということばが語られる。中央集権のもとで地方に「権限のお裾分け」をするというのでなく、住民に最も身近な地方自治体がまず先にあり、地域社会に生きるものの日常について自己由来としての決定権をもつ、そのようなあり方をいう。いまに始まった流行語ではない。すでに60~70年代、各地に誕生した革新系首長が熱をこめて唱えた。

政権の座についた民主党は「地域主権国家」を掲げる。しかし、基礎的自治体のさらなる合併(第二次合併)、ついには道州制導入をめざす方向性の危うさについて、鋭く警鐘を鳴らすものは少ない。僻地のなかに僻地を生み、地域に生きる住民から自治体行政を遠ざけた平成の大合併と同工異曲であっていいのか。

EU統合の進む欧州では基礎的自治体のいっそうの自立推進 が大きな趨勢となった。新たな福祉国家への再挑戦が底流にあり、新自由主義的改革の残滓を引きずったままの広域自治体論とは"似而非"の思想性に発している。

「コミューン」重視のフランス、「ゲマインデ」(市町村)の自治権を基本法(憲法)に保障するドイツ、「コムーネ」尊重に磨きをかけるイタリア。EU統合の求心力とコミューン主権の両者は矛盾なく併進する。国の法的制約をほとんど受けることのないスウェーデンのフリーコミューンが、地方自治の新たなモデルとしてEU加盟国の間で関心を集める。公共サービスの受け手である住民自身が主体となって、教育から福祉にいたる政策の決定、運営まで自己決定するデンマーク社会への評価は高い。

中央政府の行政を効率化して「小さな政府」をめざす、そのために地方への権限委譲、さらには道州制が必要だ、などという日本流儀は、地域主権の思想に逆行するばかりでなく、逆に民主主義の基本原則に背く「改革」につながる危険はないのか。

小泉構造改革の担い手らが振りまいたレーガノミクス(米)、サッチャリズム(英)、ナカソ ネイズム(日)崇拝の虚論が、21世紀日本に壮大な「負の遺産」を遺した。痛恨の歴史に学び直すことが、政権交代なったいま、私たちの緊急テーマである。

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1997年、18年ぶりに政権を奪還したイギリス労働党は、地方自治体の「課税自主権」を復活することから手をつけざる を得なかった。ブレア政権に先立つサッチャー政権は、財政において「小さな政府」を標榜しながら、その実、中央の掌握する権力においては比類なき「大きな政府」をめざすものだったからだ。

サッチャー政権は地方税の少なからぬ部分を国税化した結果、地方においては歳入に占める自主財源の割合が、80年代の55%から20%以下へと劇的に減衰した。自治体予算の上限を中央政府が決定する手法の導入で地方自治体の自由と活力は奪われた。

中央政府による地方支配は盤石のものとなっていく。他方、 財政において「小さな政府」を演じるため、「公共の企業化」(公共サービスの民営化・規制緩和)をあらゆる領域で強引に進めた。その一つ、強制競争入札制度は各領域で深刻な弊害を生み出した。自治体による住民サービスは劣悪なものとなった。

こうして政治と市民の距離は遠くなり、人びとは民主主義を支える投票行動からも離れていった。「地方自治の母国」イギリスは荒廃した。

政権交代後のブレア労働党政権は、サッチャリズムの壮大な「負の遺産」を清算するため、 地方税の徴収額を住民投票によって決める新たな制度を創設し、同時に自治体予算の上限を国が決定するというような、中央政府による地方支配のあり方も見直した。

こうした政策の延長上にスコットランドやウェールズでの分権が可能となり、前者ではパーラメントが、後者ではアッセンブリー(ともに地方議会)が、住民投票によって設置され、国防と外交を除く内政分野で、自治体自らが立法権、課税自主権(3%まで所得税の上乗せが可能)をもつことができるようになった。

ブレア政権にとってサッチャ リズムの「負の遺産」は大きいものだった。

貧富の差に関係なく、ひとたび健康を失えば、だれでも個人負担ゼロでケアを受けることができた「ナショナル・ヘルス・ センター」(NHS)は、「ゆりかごから墓場まで」を象徴する福祉の砦だった。サッチャー政権は財政負担削減のためNHS解体に乗り出す。

アラン・エントホーフェンという名の経済学者がアメリカから招聘された。米本国では、マクナマラ国防長官に仕え、ベトナム戦争下、「いかに効率的にベトコンを殺害するか」に知恵を絞った経済学者だ。ベトコン一人を殺害するコストを最小化する、その学名を彼はキル・レイシオ(kill-ratio)と呼んだ。

招聘に応えてイギリスに渡ったエントホーフェンは、今度はいかにコスト安く病人、老人に死んで頂くか、に専心し、これをデス・レイシオ(death-ratio)と名付けた。60歳超の慢性腎臓病患者には人工透析を禁じたのもその一つだ。戦時のキル・レイシオ(殺害効率)、平時のデス・レイシオ(死に至らしむる効率)である。(注)

ミルトン・フリードマンに発する新自由主義、市場原理主義の「フリートレード・フェイス」(自由市場信仰)と、西欧・北欧にみる地域主権、またはフリーコミューンの思想はあい入れるはずはない。昨今、日本に流行する「地域主権」だが、それを口にするものの真贋を十分に見きわめてかからねばならない。

※ ※ ※

中央からの"御下賜"が頼りの公的固定資本形成(公共投資)に大きく依存してきた地域、つまりは旧態の政治力において強力であった地域ほど、いま辛酸を嘗めている。「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ」と揉み手すり手で、大企業工場誘致に力を入れてきた地方もまた窮地に立つ。自らの力、すなわち内発型発展力を放棄した代償は大きかった。

真の地域自立はFEC自給圏の形成をめざすところから始まる。Fは食・農、Eはエネルギー、Cはケア(医療、介護、福祉、教育、その他あらゆる人間関係産業)だ、と筆者は唱えてきた。今回の金融・経済危機のなか、日本のグローバルズ(超国家・多国籍企業)は激しく雇用力を衰退させた。完全失業者360万人以上。さらに「雇用保蔵」600万人超(企業内失業者=09年版「経済財政白書」)。加えて雇用調整助成金の給付を受けて辛うじて職場にとどまる者が200万人に近い。実質失業率はすでに10%を超えた。

頼りになるのはローカルズ(コミュニティーズ=地域密着事業)のほかにない。そのローカルズの衰退も激しい。

FEC自給圏の形成をめざすことで足腰の強い住民自治の仕組みを築き、自治体の真の自立を果たそうと挑む地域が、各地に立ち上がっている。新基幹産業である。

中国山地の奥深く、かつては人口流出、高齢化、過疎化の3苦に悩んだ旧瑞穂町(島根県現・邑南町)。ハンザケ(オオサンショウウオ)の棲む川の流れは、一方は日本海に、他方は瀬戸内海へと注ぐ。「源流に住む誇り」を胸にエコ・ミュージアム運動を起こし、やがて「ケアの町」へと発展した。「高齢者の知恵と経験に学ぼう」「お年寄りは町の宝」と覚醒した。いま、ケアのセンターとして全国から「終の棲家」を求めて高齢者が集まる。ケアに勤しむのは地域の若ものたち。人口流出に歯止めがかかった。

平成の大合併にそっぽを向いた四国・馬路村(高知県)は柚(ゆず)の王国。人口わずか1,100人。その町の加工品売上高は年に31億円を超える。村を売りながら柚を売る。急斜面の地形というハンデを逆手にとり、見栄えの悪い柚の実は加工して全国のファンに届ける。清流は貴重な水資源となった。筆者もまた「ごっくん馬路村」(ポン酢醤油)のファンの一人だ。その高知では「高知独立論」が住民の心を沸き立たせた。

北から南、列島の隅々に「日本型フリーコミューン」が立ち上がろうとしている。フリートレード・フェイスの時代が再び戻る余地はないはずだ。

(注)『始まっている未来―新しい経済学は可能か』(宇沢弘文・内橋克人対談集 岩波書店)参照。「市場原理主義」を厳しく批判する宇沢弘文氏の言葉から。

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内橋 克人(うちはし かつと):1932年神戸市生まれ。経済評論家。90年代初めから新自由主義的改革、市場原理至上主義への警鐘を鳴らしてきた。 『匠の時代』『共生の大地』『もうひとつの日本は可能だ』『共生経済が始まる』など著書多数。第60回NHK放送文化賞など。