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「平成の合併」後の町村

印刷用ページを表示する 掲載日:2008年11月24日

東京大学名誉教授 大森 彌(第2660号・平成20年11月24日)

1 市町村合併の「強力推進」は幕引きにせよ

第29次地方制度調査会専門小委員会は、いよいよ「市町村合併を含む基礎自治体のあり方」の検討に入る。現行の「合併特例法」の期限は平成22年3月末に来る。これをもって「市町村合併の強力推進」は終わりにすべきである。国は、政権与党の「市町村数を約1,000にまで減ずる」という意向を受けて合併を推進してきたが、この数字自体に説得的な根拠はない。1999年を起点とする「平成の合併」により、市の数は670から783へと増加したが、町村数は、256から999へと実に1,563も減少している(平成20年11月1日現在)。

全国町村会は、「町村の実態に関する改善方策等について」(平成20年10月)において「画一的な合併推進の結果、地域の振興等を担っている町村役場の機能が低下し、全国町村会の調査(全国町村会・道州制と町村に関する研究会『「平成の合併」をめぐる実態と評価』)においても合併にデメリットを指摘する声が、合併の成果を上回り、数多くあげられている。平成の大合併の検証を十分行い、これ以上の合併推進を行わないこと。」という見解を表明している。

一部には、さらに第2次の「平成の合併」を推進して市町村を700~800程度まで集約すべきだという意見もあるが、これを「自主合併」で達成できるとは到底考えられない。さらなる集約とは強制合併を意味する。そのような意見は、市町村現場の実状に関する「KY」(空気が読めない)の典型である。合併は、あくまでも市町村の自主的選択である。合併するかしないかは、関係市町村の意思によって決まる。合併しなかったところが責められる理由はない。これ以上、市町村を合併へ駆り立てても、日本の国土の多様性を考えれば、強制しない限り、町村をすべて解消することなどできない。

2 「特例町村制」論議を蒸し返すのか

そこで、「平成の大合併」終結後の市町村を想定して、今後の基礎自治体のあり方を検討することになるが、町村の間では、第27次地方制度調査会の専門小委員会で「西尾私案」として示された「特例町村制」案が蒸し返されるのでないかという疑念が消えない。「特例町村制」とは、「一定の人口規模未満の団体について、これまでの町村制度とは異なる特例的な制度を創設する」というもので、この団体は、「法令による義務付けのない自治事務を一般的に処理するほか、窓口サービス等通常の基礎的自治体に法令上義務付けられた事務の一部を処理するものとする」とされ、「通常の基礎的自治体に義務付けられた事務のうち当該団体に義務付けられなかった事務については、都道府県に当該事務の処理を義務付けるものとする。」というものである。このような団体への移行については、「例えば人口△△未満の団体」は、申請により、このような団体に移行することができるものとし、さらに、「例えば人口△△未満のうち人口○○未満の団体」は、「これに移行するか、他の団体と合併するか」を一定期日までに選択しなければならないもの(強制移行)とするとされていた。

山本文男全国町村会長は、平成15年10月30日、当時の松本英昭専門小委員長宛に「小規模な市町村には事務の一部を残し、都道府県にはそれ以外の事務処理を義務付ける事務配分特例方式は、地方分権の理念や行政改革にも反するので、導入すべきではない。」と反対の意思を表明した。

第27次地方制度調査会が出した「今後の地方自治制度のあり方に関する答申」(平成15年11月13日)では、「合併困難な市町村に対する特別の方策」の1つとして、「合併に関する新たな法律の下でも当面合併に至ることが客観的に困難である市町村」については、「組織機構を簡素化した上で、法令による義務づけのない自治事務は一般的に処理するが、通常の基礎自治体に法令上義務づけられた事務については窓口サービス等その一部のみを処理し、都道府県にそれ以外の事務の処理を義務づける特例的団体の制度の導入についても引き続き検討する必要がある。この場合において、都道府県は当該事務を自ら処理することとするほか、近隣の基礎自治体に委託すること等も考えられる。」となった。

「西尾私案」と答申とでは、「特例的な団体」を、「一定の人口規模未満の団体(町村)」とするか、「合併に至ることが客観的に困難である市町村」にするかで違っていた。検討ということになれば答申がベースになるから、「西尾私案」は潰えているはずである。「一定の人口規模未満の団体(町村)」とするには、「特例」の人口規模を設定しなければならず、かりに1万人未満とか5千人未満にしようとしても、その根拠が必要であるし、町村間には地理的位置や財政力指数にもバラツキがあり、一律の線引きは不可能である。したがって、人口規模による「特例町村」設置の考え方は、答申の文面からは消えているのである。答申は「合併に関する新たな法律の下でも当面合併に至ることが客観的に困難である市町村」を想定して、これらを対象に「特例的団体の制度」の導入について「引き続き検討する必要がある」としたのである。

3 合併困難市町村をどう扱うのか

そこで、総務省は「合併に至ることが客観的に困難である市町村」の見当をつけるためもあって、「市町村の合併に関する研究会」を設置し、2007年8月6日現在で「未合併市町村」1,252団体の「要因分析」をした(報告書『「平成の合併」の評価・検証・分析』平成20年6月)。それによると、①「離島や山間地等に位置し地理的に合併が困難であった」ところが58団体、②「合併を望んだが合併相手が否定的であった」ところが330団体、③「合併協議の際、協議事項について合意がなされなかった」ところが230団体、④「合併について意見集約ができなかった」ところが422団体であったという。①は地理的な阻害要因が、②と③は組合せの相手との関係が、④は積極的な単独運営の選択ではなく意見集約の不調が、それぞれ、合併に至らなかった主な理由であったとされている。これらの他に、⑤「合併せずに単独で運営していこうと考えた」ところが386団体だったという。明らかに「合併が客観的に困難であった」と考えられるのは①と②であり、③は、そう考えられそうなケースも含まれるということであろう。④と⑤は「合併が客観的に困難」であったところではないから、対象外である。答申の文面からすれば、「合併せずに単独で運営していこうと考えた」市町村が「特例的団体」になることはない。

そこで、①、②、③(一部)のような市町村を念頭に置いて「特例的団体の制度」の新設を検討するのであろうか。①や②のような市町村から、合併できなかったから義務付け解除の事務配分特例制度を作ってほしいとの要望が現に出されているのであろうか。かりに「特例的団体」の標準型を法令で定めても、その適用について強制をできない以上、市町村からの申請(選択)方式をとらざるを得ないが、「合併が客観的に困難であった」市町村から手が挙がるのであろうか。少なくとも市から、そのような意思表示が出てくるとは思いにくい。想定されるのは町村である。

合併しようがない町村、合併したかったが相手との関係でできなかった町村は、もはや、他の市町村とは異なり基礎自治体としての要件を欠いているとでも言うのであろうか。もし合併できず、しかも人口が小規模であるがゆえに基礎自治体の性格を失っていると見て、それを「特例的団体の制度」導入の理由にするならば、「特例町村」は基礎自治体とはみなされないことになるから、現行の町村に基礎自治体としての一般町村と、非基礎自治体としての町村が生まれることになる。どう理屈をつけようが、「特例町村」が一人前扱いをされない、惨めな存在になることは明白である。そのようなものになりたいと喜んで挙手するであろうか。現行の「合併特例法」の期限切れ1年前に、「特例町村制」を導入するというサインを送れば、再び、財政運営が苦しく、今後に不安を抱いている小規模な町村を「自主合併」に追い込めると国は考えるのであろうか。

4 「骨太の方針」の呪縛こそが問題だ

もとはといえば、「小規模町村の場合は仕事と責任を小さくし、都道府県などが肩代わり」という構想は、2001年6月の「骨太の方針 第一弾」で示されたものである。これを受けて、2002年(平成14年)9月25日の自民党地方行政調査会「地方自治に関する検討プロジェクトチーム」の中間報告は「合併推進策を講じた後になお残る小規模市町村(例えば人口一万未満)については、引き続き基礎的自治体と位置づけるとしても、通常の市町村に法律上義務付けられた事務の一部を都道府県又は周辺市町村が実施する仕組みとすることを今後さらに検討する」とした。いわゆる小泉構造改革の点検・見直しが進められている今日、この構想自体も再考すべきではないか。

2007年4月2日の地方分権改革推進委員会の発足にあって、当時の安倍総理は「国が地方のやることを考え、押し付けるというやり方は捨て去るべきで、地方のやる気、知恵と工夫を引き出すために、地方が自ら考え、実行することのできる体制づくりが不可欠」であると述べた。町村側の反対を押し切ってまで「特例町村制」の論議を蒸し返すのは、この総理の言葉に照らしても中央集権的な発想そのものである。

人口規模が小さいという理由で町村の処理する事務権限の配分を、合併の進捗や事務権限移譲の推進といった国の意向で決めるという発想自体が問題なのである。事務権限移譲の受け皿づくりのために合併の推進だ、合併を望んだのに合併が思うようにできないのだから「特例町村」に指定し、仕事を軽くしてあげるなどという発想はおかしい。

市町村が、必要な仕事を選び取り、それをできるだけ自分で、あるいは自分たちでやり抜き、市町村が選び取らないもの、どうしても手に余るものは広域自治体としての都道府県が行う、それが事務配分の基本原則である。国が、合併できなくて気の毒だからといった親切顔で、小規模町村の事務権限の配分と負担を差配するやり方をとるべきではない。

今後の基礎自治体のあり方を議論するならば、国は、理念なき合併とその後の厳しい行財政運営を余儀なくされている市町村や単独行を決め行革と住民協働で懸命に地域自治を守ろうとしている市町村の実態を見極め、全国どこの市町村でも、地域と住民の真の公的ニーズに応えていくのに必要な財源が確保できるよう、地方交付税の財源保障機能を強化すべきである。

特に、少子高齢化の波をいち早くかぶり、地方交付税のゆくえに強い不安を抱く市町村に対して「それならば、歯を食いしばってでも、がんばっていける」と希望がもてる制度・政策設計をこそ国は提示すべきである。小規模町村を冷淡に扱い、希望を失わせるような議論をする場が地方制度調査会であっていいはずがない。

都道府県別市町村数

大森先生の写真です大森 彌(おおもり わたる):昭和15年東京生まれ。元東京大学教授・千葉大学教授。 現在、放送大学大学院客員教授、全国地域リーダー養成塾塾長、全国町村会「道州制と町村に関する研究会」座長。近著に『変化に挑戦する自治体』(第一法規)など。