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第2のふるさとへ 感謝を込めて

印刷用ページを表示する 掲載日:2012年11月5日

フリーアナウンサー 青山 佳世(第2819号・平成24年11月5日)

「ここはわたしの第2のふるさとです」 

各地へお邪魔した時によくこんな御挨拶をします。少しいいすぎかもしれませんが、お愛想でもなんでもありません。今までに数百のまちやむらを訪ね、旅、 農林水産業、農商工連携、バイオマス、空港、港、治水砂防、道路、防災などなど様々なテーマで学び育ててくれた地域は、私にとっては第2のふるさとそのものです。

実際に訪れることの大切さ

そんな思いを抱くようになったきっかけはNHKで担当した旅番組でしょうか。今から20年ほど前のこと、いわゆる観光名所ではないまちやむらを訪ね、 その土地の方たちと出会い、その土地の暮らしぶり、味覚、元気な人たちを紹介する発見と出会いの旅。今でこそあちらこちらの旅番組で「こんにちは。初めまして」 と地元の人と出会う演出の走りの番組でした。元気に地元の言葉でそのまちの良さや自分の作った野菜のおいしさを語るおじいちゃん、おばあちゃんはなんとも魅力的。 もぎたてのきゅうりのしゃきっとした歯ごたえ、雪にさらしたニンジンの甘いこと、丹精込め新鮮な食べ物を作っていくことの大切さとありがたさを改めて感じるのでした。 いつしか私たちも素敵な人たちが暮らすそのまちのファンになり、思わずコメントにも力が入ります。(もちろん放送は公平ですが、私たちも人間です)

役場に行って驚きました。町の名人達人、一番の撮影スポットなど的確にいろいろな切り口で提案してくださり、「わらじ作りなら誰それ。豆腐料理なら誰それ。 しゃべりもじょうずだからね。」まち中すべてご存知なのです。大きなまちではとても住民一人一人のことまで把握しきれませんが、小さな行政の強みです。

ジャガイモや小麦などの花々が織りなすパッチワークの丘、観光客のために作ったものではなく野菜の生産活動が力強く美しい風景を生み出したのです。 暮らしや生産に裏打ちされた生きた風景は、誰しも直感的に作る人の汗や思いを感じ取って感動を覚えるのでしょう。

旅先で私が味わった感動は観光の原点。是非とも多くの人たちにも、まちや村へ訪れ、その価値を体感するような旅をしてほしいと痛感しました。交流や研修、 グリーンツーリズムなどを含めた観光(国の光を観る=地域の活力や魅力、宝を観てまわること)は、旅人はもちろん、地元の人たちにとっても、 日常の当たり前のことが貴重な宝であるという自らの再発見になるからです。

森林の恵みに感謝して

一方取材の合間にかわす会話の中で、農村や山村が抱える課題も伺いました。旅の番組ですから、魅力的な面だけを紹介することになってしまいますが、 中山間地域の過疎化の問題、林業が振るわず森林が荒れている現状、農業や漁業の跡継ぎ不足などなど、都会の私たちの生活を支えてくれている農山漁村が危機に 瀕していることを目の当たりにしたのです。それも愚痴や泣きごとではなく、その町をこよなく愛し、何とかしたいと行動しながらのメッセージだったからこそ、 素直に心に沁みて伝わってきたのです。

ある町に「美人林」と呼ばれるブナ林がありました。言い得て妙のネーミング、昔の人は粋だなと感心したのですが、そうではありませんでした。 ブナは見た目が美しいだけで、使い道のない役に立たない木だと皮肉を込めてつけられたのだとか。本当の「美しさ」とは単に見た目のことではなく、 人間も同じですが内から湧きでる活力ある美のことでしょう。今では癒しの力も評価され、その名の通り美しい象徴のブナ林として、人気のスポットになっています。

「緑豊かな自然に恵まれた…」という山村の枕詞があります。よく手入れされた森は、整然と並んだ杉やひのきが真っすぐに天に向かってそびえ、 木漏れ日がさし込んで本当にきれいです。しかし一見豊かな森が、健全な形で育っていないことを知ります。木造中心の住宅から、コンクリートや鉄筋の建物に変わり、 さらに安い外材へとシフトして、日本の林業は衰退の一途。長年にわたる緑化運動や国民参加の森林づくりの成果で、日本は多くの緑に覆われましたが、 手入れが行き届かなくなり、決して健全な活力ある森林とは言えないわけです。ここ数年の地球温暖化防止における森林の役割が評価され、外材が手に入りにくく なっている追い風の中で、総力挙げて森林整備が進んでいることは喜ばしい限りですが、それだけでは「杉の美人林」になってしまいます。育てて使ってまた植える …資源の少ない日本の貴重な資源をきちんと使って循環させてこそ、本当の美しい森林といえます。

山からの搬出コストを低くすること、公共建築物に国産材を使うこと、バイオマス活用などの努力を続けていますが、今や世界で一番安くなってしまった国産材が、 私たち消費者の手に届く時には高くなってしまうことが最大の課題。きちんと山へ利益を戻し、かつ安く(適正に)消費者へ供給するために関係者のさらなる努力が必要です。

大規模化で競争力を高めることと、「じいさんは山へ柴刈りに…」という世界は今両方必要な要素だと思います。

そこに人が暮らすこと

都会の人間も森林への感謝を込めてお手伝いがしたいと森林ボランティアとして山に入る人が増えてきました。皆さん熱心に活動していますが、頻繁に作業に でかけるわけには行きませんし、いつも山の表情をみているわけにもいきません。やはり山村に住む人あってのボランティアです。

そこに住み暮らす、そのためには生業がしっかりすることが肝心です。多少不便な地域でも、大変な仕事でも、働く場と収入が確保され将来に希望が持てれば、 若者も後継者も住む人はでてくるはずです。

NPO地球緑化センターが取り組む「緑のふるさと協力隊(地域おこし協力隊の原型)」はこれまでに多くの若者をまちやむらに送りだしました。 熱心に受け入れる地域と、貢献したいと思いを抱く若者、きめ細やかに両者をつなぐNPOの三者の力が相まって、ふるさとに残る若者も多く、いろいろな事情で家に 帰らなければならない若者も、農村での経験を活かしながら都会で働き、第2のふるさとの力強い応援団となっています。今の親御さんにはなかなかできない伝統的な 暮らしや習慣、文化、逞しい生き方を教えるには田舎は格好の先生です。義務教育の一環に加えるくらいのことがあってもいいのではないでしょうか。

山に点在して人が住むと、行政コストがかかるので 中心部に移り住めばいいという議論があります。例えば数人、数十人のために砂防堰堤をつくるのは無駄だと。 しかしその堰堤は下流の大勢のひとたちの安全のために貢献する多くの砂防堰堤の中のひとつの堰堤であるかもしれません。上流部の安全なくして下流部の安全はありえません。

人が住んでいるからこそ、道路整備始め折々に山に入ることで普段とはちがう山の変化も見過ごさないですむとか、そこに人が住むことの意義を今一度見つめなおし、 目の前の効率や効果だけにとらわれずに、国土全体俯瞰的にとらえてほしいものです。

山と建物の風景

まちむらを誇って

海外の事例を日本にそのまま持ち込むのは好きではありませんが、ヨーロッパやカナダなどの街並や景観に対する取り組みは見習うべき点が多いと思います。 どこを切り取っても「絵になる風景」。多くの皆さんも感動したことでしょう。なぜ日本で実現できないのでしょう。日本にも歴史的な街並や、農村漁村風景などの 美しいといわれる風景が維持されているのはごく限られたエリアであることがほとんどです。必ず邪魔な看板や電線、そぐわない建築物、田園や工場などが入り乱れた 節度のない土地の使い方がされていることは本当に残念です。

越後で震災復興に当たり、議論を重ねた上で地元の木を使った復興住宅を作り、日本の原風景を蘇らせようとしましたが、徹底することはできませんでした。 各地の街並保全に取り組む地域でも、自治体や住民の合意をえることに大変苦労をしています。

海外では徹底的に農村風景を維持するために税金も投入、住民の意識もまとまっています。ひろびろとした牧場、のどかに草を食む羊や牛を観光用に飼育 (もちろん生産のための牧場もあるわけですが、それを面的に風景に広がりを見せる重要な役割を果たしています)、その豊かな風景を求めて世界中から人々が訪れます。 木をふんだんに使った重厚な農家、そして立ち並ぶ一流のホテルも山並みや農家とマッチする構え、地元の食材を使った一流シェフのフレンチに舌鼓を打つ。 何日も滞在すれば必ず地元のレストランの地元の味を楽しむことになります。建物の中は快適そのもの、薪をつかった暖炉で暖を取ることがおシャレな住まい方なのです。 農村が一流の観光地であることに驚きました。徹底して農村を磨きあげたことの賜物です。その辺日本は中途半端。都会にない魅力や宝をとことん磨きぬく… 行政も住民もまだまだそこまでに至っていません。決して不便を強要されるのではなく楽しみ誇りに変えること、徹底して田舎を貫き通すこと。 ただし田舎くささに徹するのではなく、ICT(情報通信技術)を駆使した住む人・訪れる人の快適性などを含めた、田舎に一流の付加価値を加えることも必要です。

日本もそんな価値観を持って日本の誇れる風景を磨き、作り上げていきたいものです。農村は文化・風習・風景・そして国土の保全すべてにおいて日本の原点です。 市町村合併で町村の数が減りましたが、そうした中で町村であることを選んだ地域にエールを送りたいものです。

私たちも機会あるごとにふるさとの良さや意味や課題と伝えて行きますが、なんと言っても地元へ行ってその空気の中で感じ取ることが一番です。 各地の皆さんも「日本の原点」であるという誇りを持って磨きあげ、都会に住む多くの人たちにその元気と魅力を伝え、多くの第2のふるさと応援団とともに 課題を乗り越えていって頂きたいと思います。

オーストリア アルプバッハ
「ヨーロッパで一番美しい花の村」にも選ばれたオーストリア アルプバッハ

青山佳世氏の写真です青山 佳世(あおやま かよ)
愛知県生まれ。商社勤務後、フリーアナウンサーに。平成元年からNHKの番組を担当し、おはよう日本「季節の旅」での226カ所を取材した他、全国800か所を旅する。 他に観光、地域づくり、川、道、交通、環境、森林などをテーマに市民の立場から幅広く活動。国土交通省「交通政策審議会」委員、林野庁「林政審議会」委員、 人事院「交流審査会」委員ほか、国や自治体の審議会委員多数、日本自動車連盟理事(非常勤)などを務める。著書「旅で見つけた宝物」文芸春秋。