ジャーナリスト 人羅 格(第3294号 令和6年9月16日)
宮崎県椎葉村は九州山地のほぼ中央にある人口約2200人の村だ。平家の落人伝説がある「秘境の村」で、広い村域のほとんどは山林が占める。雲海をのぞむ絶景や豊かな自然に恵まれる。
その椎葉村で、ユニークな作家育成プロジェクト「秘境の文筆家」が始動した。作家志望の若者らを地域おこし協力隊員として採用し、執筆活動を支援しようというものだ。
作家の今村翔吾さんが代表理事を務める一般社団法人「ホンミライ」と同村が連携した。2年前、今村さんが全国の書店や学校を巡回した際に訪れたことが縁となった。
隊員は年間約250万円の給与と住宅支援を受け、今村さんらの助言を受けながら1年で2作品を目途に小説を執筆する。最長3年まで可能だ。
92人もの応募があり、作品や面接選考を経て県外から4氏が着任した。最も若い四葉ソウさん(23)は島根県出身。東京暮らしを経ての移住だ。「もともと作家に関心があり、企画は渡りに舟でした。村の印象はとにかく『森が深い』ことですね」と語る。
芸術家を一定期間地域に招いて創作活動をしてもらう「アーチスト・イン・レジデンス」の取組が各地で広がる。自然環境豊かな地域を文学の拠点として活かそうとする発想は興味深い。
椎葉村は4年前、会話や飲食が自由な斬新な図書館「ぶん文Bun」を開設した。人口減少に向き合う戦略として同村は「文化的ブランディング」を掲げる。たとえ作品の舞台にならなくても「椎葉発」の作家が活躍すれば波及効果は大きい。
地域おこし協力隊の可能性を広げる試みでもある。同村では現在「文筆家」を含め17人が移住コンシェルジュ、学芸員などミッション別に活動している。自治体がどんな役割を提供できるかが協力隊という制度の将来に影響していく。
四葉さんは、現地ですでに活動している協力隊員からも多くの刺激を受けているという。秘境からの作品誕生を待ちたい。