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円形分水のある風景

印刷用ページを表示する 掲載日:2024年4月29日

ジャーナリスト 人羅 格(第3279号 令和6年4月29日)

 熊本県山都町にある通潤橋は近世石橋の傑作として2023年秋、国宝に指定された。中央部からの豪快な放水で知られる。惣庄屋、布田保之助が水不足を解決しようと命懸けで築いた物語を教科書などで学んだ人も多かろう。

 その通潤橋から6kmほど離れた場所に、もうひとつの見所「小笹円形分水」はある。河川の水を争いなく公平に配分するための装置で、昭和31(1956)年にできた。

 円形の二重の筒でできており、近くの河川から取水した水のわきだし口が底部にある。水は内円筒からあふれ、仕切りで円周の外周の長さに応じて配分されてから、それぞれの水路に流れていく。通潤地区(白糸台地)と野尻・小笹地区への配分比率(7対3程度か)は水田の面積比で決められた。

 過日、熊本に行った際、見学した。通潤橋から車で数分程度。周囲の景色に溶け込み、見ていてあきない。熊本の小学校は通潤橋と円形分水を合わせて見学することが慣例という。

 円形分水は、円筒分水とも呼ばれる。現在の様式は昭和16(1941)年にできた川崎市の「久地円筒分水」が原型といわれ、戦後しばらく各地で盛んに作られた。多くの地域で水争いは深刻で、公平で可視化された円形分水は重宝なアイデアだった。

 その機能美もここにきて注目されている。地域によって円筒のつくりや大きさに違いがあるが、どうやら熱心なファンがいるらしい。お気に入りの装置をまとめてサイトで紹介している人もいる。

 山都町のほか、富山県魚津市の「東山円筒分水槽」、滋賀県米原市の「井之口円形分水工」などは形状や周辺風景の美しさからすでに観光スポット的な人気を博している。丁寧に確認すれば、他町村にも「わが町の円形分水」があるかもしれない。

 のどかな円形分水の風景は、見る人の心をどこか、なごませる。地方が競争に駆り立てられることが多い昨今である。争いを円満に収めた先人の知恵がまぶしい。