ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ

アジャイル

印刷用ページを表示する 掲載日:2023年10月2日

東洋大学国際学部国際地域学科教授 沼尾 波子(第3255号 令和5年10月2日)

 社会のデジタル化が進むなかで、「アジャイル」という言葉を耳にするようになった。アジャイルは「敏捷」「素早い」などの意味を持つ単語で、方針の変更やニーズの変化などに機敏に対応することをいう。システム開発の現場では、「顧客満足の最優先」、「変化への素早い対応」、「ソフトウェアの短期間でのリリース」等の原則を踏まえたアジャイル開発が導入されている。現場の状況を最優先し、計画全体の見直しがこまめに行われる。

 だが、行政がこうしたアジャイルな対応を行うことは簡単ではない。無論、災害時などに、現場で臨機応変に住民対応を図ることはあるだろう。だが平時において、時間をかけて検討した計画に基づき、施策や事業が決められ、予算が配分されている年度途中に、住民からの要望等を受けて、事業内容や方法の変更や調整を行うことは難しい。法令等に基づいて施策や事業の形が決まっているケースもある。その結果、課題を抱えて役所に相談にきた住民に対し、窓口では「予算がないので対応できない」等と回答することになる。

 とはいえ小規模町村の場合、大都市等と比較すると、行政は比較的アジャイルな対応を図りやすいところもある。そもそも農山村の現場では、目の前の状況に対し、今あるもので、今できることを考えながら、アジャイル型で模索と工夫を重ねてきた。人々の知恵と技を持ち寄り、小さな課題解決を積み重ねて暮らしの安心安全を守る。そこに創意工夫が生まれ、イノベーションの種が芽生える。

 ユニークな振興策を通じて人々が集う地域の行政は、計画管理型とアジャイル型を上手に組み合わせながら、創造性豊かな地域づくりに取り組んでいると感じる。身近なコミュニティや民間事業者等との連携や協働も、アジャイルな課題解決の余地を生む。

 自然環境や社会経済情勢が大きく変化する今日、50年先、100年先を見据えた地域のビジョンを描きながら、住民の幸福度を高めるための計画や施策、事業をデザインすることも必要だ。同時に、行政には目の前の課題に向き合いながら、臨機応変に対応する力も求められる。住民との距離が比較的近い小規模町村には、大都市と比較して、その両方に対応できる柔軟性がある。

 行政のデジタル化というと、計画型の業務を効率化するところに目が行く。だがデジタル化の本質は、状況変化に対応して柔軟に見直しを図ることのできるアジャイルな環境を用意することではないか。地域の今を把握し、将来ビジョンを描く上で必要となるオープンデータの整備を進めることを含め、町村行政の柔軟性を強化する対応に期待したい。