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「30キロ経済圏」とは ―ガストロノミー・ツーリズムのススメ

印刷用ページを表示する 掲載日:2023年7月3日

バスクキュリナリーセンター
“美食の町”を支える4年制の料理大学「バスクキュリナリーセンター」
(スペイン サン・セバスティアン 提供:梅川智也氏)

國學院大學 観光まちづくり学部 教授 梅川 智也(第3245号 令和5年7月3日)

随分と昔の話になるが、イタリアで「30キロ経済圏(30Kilometer Foodshed)」という言葉を聞いて、何と斬新な考え方だろうと感動した記憶がある。「Foodshed」(食域圏)とは「生産地から消費地まで食材が移動する地理的な範囲」を示す概念で、分かり易くいえば「地産地消が可能な範囲にある地域」だ。同じ自然、風土の中で採れた作物、育てた食材で作った料理を遠方からの客人に提供することこそが“おもてなし”の基本であることをそのとき学んだ。

「スローフード」はイタリア北西部ピエモンテ州のブラという小さな村で生まれた言葉だ。1986年、ローマの中心部にハンバーガーのファストフード店が出店したことを契機に世界的な社会運動となっていった。大量生産による比較的安価な「ファストフード文化」に対し、伝統的な食品の生産・消費を奨励することで、地域の文化や環境を保護しようとする「スローフード」の考え方は世界中で支持された。食事をゆっくりと楽しむことや食べ物の背後にあるストーリーや歴史について学ぶこともスローフード運動の一環である。

スペインのバスクでは、三つ星レストランのシェフから食材に「流通」という概念がないことを教わった。彼らは直接農家や漁家に出掛けていって食材を仕入れるから「流通」は必要ないのだそうだ。確かにファーマーズマーケットや直売所が広く普及しており、地元の農産物や食品が生産者から直接消費者に提供されている。これによって生産者と消費者の直接的な関係が築かれ、食品の品質や産地の透明性が高まっている。フード・マイレージ (食料の輸送距離・トンキロメートル)という考え方を学んだのもその頃で、日本のフード・マイレージは世界の中で異常なほど大きいことを知り、危機感を感じた。

美食の町として有名なスペインのサン・セバスティアンは、チャコリ(柑橘系の超微発泡ワイン)とピンチョス(バスク風の小さなおつまみ)が有名で、美味しい料理が集まるバルやレストランが数多くある。ここでの楽しみはガイド付きの食べ歩きツアーだ。近年ではガストロノミー・ツーリズムともいわれている。通常の観光資源を巡るまち歩きではなく、食をテーマに町全体を楽しむ、そんな新たな観光のスタイルは魅力と可能性に溢れている。


※ガストロノミー・ツーリズムとは、「その土地の気候風土が生んだ食材・習慣・伝統・歴史などによって育まれた食を楽しみ、その土地の食文化に触れることを目的としたツーリズム」(観光庁)

 
写真キャプション

“世界一の美食の町”と称されるスペインのサン・セバスティアン。この地域独自の食文化、最先端の料理技術を学べる4 年制大学「バスクキュリナリーセンター」や100 年以上の歴史を誇る「美食倶楽部」( 男性だけの料理クラブ) など、美食の町を下支えする仕組みを学びたい。