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小農の道

印刷用ページを表示する 掲載日:2023年4月10日

ジャーナリスト 松本 克夫(第3236号 令和5年4月10日)

昨年亡くなった農民作家、山下惣一さんの最後の著作が『農の明日へ』である。文字通り農の明日に向けた山下さんの遺言だが、耳を傾けるべき点は多い。山下さんは佐賀県旧湊村(現唐津市)の玄界灘に面した傾斜地で60年以上稲作やみかん栽培などを営みながら、農業や農村はどうあるべきか、百姓の幸せとは何かを考え続けてきた。たどり着いたのが「小農の道」である。同書によれば、「小農は家族農業と同義であり、ま、早い話が昔の百姓だ」。山下さんは、小農の道を究めるべく自ら小農学会を創設した。山下さんが定めた「百姓の定義」は、①自分の食い扶持は自分で賄う②誰にも命令されない③カネと時間に縛られない④他人の労働に寄生しない⑤自立して生きる、というものだ。若いころ、百姓を継ぐのがいやで2回も家出した山下さんだが、晩年は「こういう人生はいいよな」という心境になった。

山下さんは、青年期に時代の流れで「農業の近代化」に取り組んだが、途中で見切りをつけた。農業の近代化は、「一言でいえば工業化のこと」だが、「単作化─規模拡大─機械化─コスト低減─競争の強化の順序で生産が拡大していくが、生産量の増加に伴って価格が下落していくため生産者はゴールなき大競争の泥沼に陥ってしまう」と気付いたためである。

研究心おう盛な山下さんは、世界の30カ国以上の農業を見て回ったが、「世界の農業が小規模な家族農業主体であるのは産業化がきわめて困難な業種だからだ」と悟った。産業化が困難なのは「命」を生産しているためだという。そもそもが、「百姓の目的は暮らしであってカネ儲けではない」。山下さんが長年の百姓暮らしで得た教訓は、「百姓は仕事を労働にするな、道楽とせよ」だという。

山下さんの願いとは逆に、もっぱら「大農の道」が推奨される昨今だが、ごく少数の大農ばかりになれば、農村は農と村が切り離され、農は残っても村は消えて行く。村を保っていくためには「小農の道」は捨て難い。