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“暮らすように旅する”は可能か~じっくり滞在できる地域づくりに向けて

印刷用ページを表示する 掲載日:2023年3月27日

フランス・シャンベリー近郊の農家民宿
フランス・シャンベリー近郊の農家民宿 ©Mitsugu Horiki

國學院大學 観光まちづくり学部 教授 梅川 智也(第3234号 令和5年3月27日)

観光学では旅行・観光のタイプを大きく「周遊型」と「滞在型」に分ける。前者は街道を宿場に泊まりながら目的地に移動する参勤交代や伊勢参りなどの形態をイメージすると分かり易い。かつて宿場での滞在はむしろ御法度だった。一方、後者の代表例は、大半が農林漁業を生業としていたころの閑散期に行う湯治である。

明治以降の日本の旅行・観光は、鉄道とともに発展してきたこともあり、周遊型、つまり移動が主役となってきた。美しい景色や知らない文化に触れる、まさに非日常体験が周遊型の醍醐味だ。海外旅行では未だにその傾向は強いだろうし、こうした旅のニーズは永遠になくなることはないだろう。知らない土地で知らない人に出会い、そこでの交流が新たな文化を生み出す。“観光こそ文化だ”といわれる由縁だろう。

一方、戦後、衰退してしまったのが滞在型である。遙か平安の時代から続いてきた湯治だけでなく、明治、大正期に進んだ雲仙や軽井沢、日光など外国人の手によるリゾートや政治家や文化人による湘南や箱根、那須などの別荘などは滞在型の受け皿であった。高度経済成長期の工業化社会の進展とともに、地方から大都市へ人口が移動、休暇が取りづらい工場労働者やサラリーマンが増加したことは滞在型が衰退した要因の1つだろう。

地域に滞在し、その地域の個性、つまり独自の自然や歴史・文化など地域の暮らしそのものを味わい、楽しむためには滞在型が不可欠である。現在、全国で空き家が約850万戸あるといわれている。“暮らすように旅する”コロナ後の新しい旅行・観光スタイルを実現するためには、これらの空き家をどう生かすかではなかろうか。英国のB&B、フランスのジットやシャンブル・ドット、スペインのパラドール、イタリアのアルベルゴ・ディフーゾ(分散型宿泊施設)なども参考となろう。伝統的な古民家や空き家を洒落た宿泊施設として再生し、日本独自の地域文化や美しい景観を守っていく保全と地域の観光振興をともに推進していく官民挙げた強力な仕組みづくりに期待したい。

 
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1955年に設立され、約70年の歴史をもつジット・ド・フランス(農家民宿協会)は、週単位の貸家システムを運営している。農村で増加した空き家を有効活用し、建物の維持管理と美しい景観を保全し、さらに観光振興、過疎化対策に寄与している。現在は約6万戸以上の空き家を貸家として1週間単位で紹介している。