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農村政策の動揺

印刷用ページを表示する 掲載日:2023年2月20日

明治大学農学部教授 小田切 徳美(第3230号 令和5年2月20日)

農村政策が動揺している。

政策の流れを少し振り返ろう。2010年代後半、農村政策は著しく空洞化した。農政は、農産物輸出や農業経営の規模拡大・農地集積などの産業政策に大きく比重を移したからである。その状況に対して、与党も含めて、「車の両輪である産業政策と地域政策のバランスを取るべきだ」という批判が強まった中で、2020年食料・農業・農村基本計画の検討が行われた。そのため、大きな焦点が農村政策の再生であった。策定された基本計画は、それに対して「地域政策の総合化」を打ち出し、農村政策を、「しごと」「くらし」「活力」の3本柱に整理して、体系化をおこなった。

こうした転換は形式的にも確認できる。「食料・農業・農村白書」は「動向編」と新年度の「施策編」の二本立てとなっているが、その「施策編」のボリュームに不連続な変化が見られる。2019年度は、農業の記述量を100とすると、農村のそれは48と半分以下であった。しかし、翌年度には、一挙に60までに増大している。農村RMO(地域運営組織)や農的関係人口等、他省庁と連携しつつも、農村政策として行うべきものが新たに掘り起こされたからである。

ところが、この農政が再び混迷している。周知のように、食料安全保障論議の中で、食料・農業・農村基本法の見直し作業が進行中である。これに関連して、総理官邸の「食料安定供給・農林水産業基盤強化本部」において、岸田総理は「岸田内閣においては、新しい資本主義の下、① スマート農林水産業、② 農林水産物・食品の輸出促進、③ 農林水産業のグリーン化、④ 食料安全保障の強化を農林水産政策の4本柱」とすると表明した(2022年9月9日)。ここには、ようやく再生した農村政策の位置づけが見られない。さらに、そのような傾向は農水省自身の対応にも見られる。基本法の検証を行う食料・農業・農村政策審議会基本法検証部会の農村政策の検討の際(2023年1月27日)、農水省資料に、先の農村政策の体系の「3つの柱」は年表の中に出てくるだけである。農村政策の再建は、もはや「歴史」として扱われている。

もちろん、農村政策は農水省だけで完結するものではない。しかし、農業の成長産業化を追求するにしても、その担い手が地域に住み続けられる条件がなければ、安定性は期待できない。また、逆に、農業が持続的に行われてこそ、美しい農村景観は維持される。こうした両者のバランスと好循環が政策として意識されなければ、現場は混乱する。つまり、このような事態に対して、町村は無関係ではないのである。