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町村の命運 ―『全国町村会百年史』発刊に思う

印刷用ページを表示する 掲載日:2022年11月14日

東京大学名誉教授 大森 彌(第3220号 令和4年11月14日)

全国町村会は2021年に100周年を迎え、その記念に『全国町村会百年史』(非売品、令和4年3月)を発行した。全1211頁の大著であり、文字通り、百年という時の重みを感じさせる。全国町村会と筆者のお付き合いは1986年からに過ぎないが、それでも、その間に町村が直面してきた艱難とそれとの苦闘の歩みは語り継ぐに値すると思う。最大の艱難は合併によって町村を消滅させようとする動きではなかったかと思う。

大正10(1921)年2月全国町村長会(昭和22年全国町村会に改組)が発足したとき、町村は1万2千余を数えていた。以降、町村の数は文字通り激減してきた。この激減は合併による町村の廃止がおびただしい数に上っていることを意味している。それが、国による合併推進策の結果であったことは間違いないが、合併は関係自治体の協議が前提であるから、町村廃止は当事者の町村の意思でもあった。「平成の大合併」では、1999(平成11)年3月31日時点で3232(670市、1994町、568村)だったのが、2014(平成26)年4月5日には1718(790市、745町、183村)にまで減少した。町村数は2562から928へと減じた。1500以上の町村が消えた。

町村は無くなっても、その区域に含まれていた土地と住民は新たな自治体に再包含され存在し続ける。その意味で合併は地域住民の選択である。地域住民が、これまでの町村と共に暮らしていきたいと願うか、それにはこだわらず新しい自治体の住民になってもかまわないと考えるか、それが町村合併の究極の決め手となる。合併の歴史を振り返ると、一方では、将来の税財政への不安から自ら町村を放棄する選択が行われたが、他方では断固として、あるいは悩みつつも町村存続を選択した例も少なくなかった。その結果として、2022年1月1日現在、市区町村(基礎的自治体)の総数1741のうち926の町村が現に存在している。

自治体は法人である。法人としての自治体は住民自治の人為的な装置であるから、法人の機関である首長と議会がしかるべく行動しなければ選挙を通じて是正できるが、それでは不十分で、装置自体を取り換える必要があれば、その方途も開かれている。ただし、選択肢は、新設合併か編入合併のいずれかによって、村は町か市になるか、町は新たな町か市になるかである。もし、基礎的自治体を一定の人口規模(例えば20万人以上)に揃えようとすれば、それ以下であるすべての町村は無くなる。道州制導入に全国町村会が断固反対してきたのは、現行の都道府県の仕事の大部分を担う「基礎自治体」の整備という構想が町村絶滅に直結しているとにらんだからである。

市町村合併の大波は明治、昭和、平成と3波にわたって町村に押し寄せたが、このところ沈静の様子である。しかし、進展する人口減少とも連動して規模拡大による効率化の要請が第4波となってやって来るかもしれない。その時、町村の存否は、地域住民が「自分たちの役場」を守っていこうとする意思を鮮明にするかどうかにかかっている。それが住民自治の装置である町村の命運である。町村が農山漁村地域に所在し小規模であることを活かして住民の信頼を堅固なものにし続けることこそ第4波への防壁となるのではないかと思う。