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農産物をめぐる情報発信

印刷用ページを表示する 掲載日:2022年9月5日

福島大学教授・食農学類長​ 生源寺 眞一(第3212号 令和4年9月5日)

 平成時代に情報の受発信のコストが劇的に低下した。その結果、初期のeメールの急速な普及に始まって、いまやSNSのユーザーは小学生にも広がっている。情報をめぐる環境の変化は農業にも及んでいる。農業経営も情報の発信力が問われる時代になったと言ってよい。かつては農協を通じて市場に出荷することで、農業経営の仕事は完了していた。むろん、現在もこのパターンは生きている。けれども、これに加えて、自分達で農産物を販売する取り組みも拡大している。この場合のポイントは、自身の農産物の特色を情報として発信する点にある。

 食べ物は、したがって農産物は経験財の典型だとされてきた。経験財とは、一度使ってみれば好みに合うか否かがわかる商品のことを言う。食べれば判断できるから経験財というわけだ。この点は今も変わらない。しかし、現代の日本の農産物には、信用財としての側面も強まっている。信用財とは、信頼できる情報を確保することで、使うか否かを判断するタイプの商品やサービスで、医者が例とされることもある。名医か藪医者かは、素人の患者には識別できないからだ。

 農産物にも情報なしには判断できない面がある。例えば農場が自然環境の保全にしっかり取り組んでいる場合も、農産物の姿にそれが反映されるわけではない。少なくとも、普通の消費者には識別できない。最近になって政策による本格的な後押しが決まった有機農業についても、農産物自体から判別することは難しい。だからこそ、農業側の情報発信に期待が寄せられているのである。いまやオンタイムで農場の様子を伝え、農産物への関心を高めることも可能になった。

 近年の農業経営には、こうした情報の受発信による消費者との交流から充実感を得ている事例が少なくない。農場の取り組みがリアルに伝わることは、都会の人々の農村社会への思いにも結びつく。さらに就農の契機となるケース、すなわち情報の交流が人的なつながりに発展するケースにも注目したい。