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議論のきっかけに

印刷用ページを表示する 掲載日:2022年4月28日

福島大学教授・食農学類長​ 生源寺 眞一(第3198号 令和4年4月25日)

 中山間地域ハンドブックが刊行されて1カ月が経過した。それなりに注目されているようで、有り難いことだと感じている。注目される背景として、この国の農村政策がじわりじわりと変わりつつある点を指摘できると思う。かつては農業の規模拡大路線一本槍のようだった農政も、小さな農家や農業以外の仕事を兼ねるスタイルにも目を向け始めている。むろん農村政策の課題は農業生産にとどまらない。非農家の皆さんを含めて、心地よい居住環境を創り出すことが大切であり、そんな取組が地域外から移住者を迎える動きにも結びつく。

 農村らしい農村と言ってよい中山間地域だが、日本社会の長期的な推移のもとで、その評価にも変化が現れている。1990年代に入って中山間という用語が使われ始めるまでは、過疎地域との表現が一般的だった。国の経済成長に追随することが難しく、都市部への人口流出が続いて自治体の財政も困難に直面している。単純化すれば、こんな評価だった。農業についても、ヨーロッパの政策の影響下で条件不利地域と表現されることもあった。これもネガティブな評価というわけだが、近年は中山間地域のプラスの価値を見直す動きが広がっている。ハンディキャップを直視しつつも、深みのある自然資源と最先端のデジタル技術の活用などを通じて、逆転の強みが模索されている。そして何よりも、人と人がつながる共同の価値を実感できる空間、それが中山間地域であることが再認識されはじめた。

 振り返ってみると、みずから制作に関与した書物について、このように自分で紹介することはなかった。手に取るか否かも含めて、中身の評価は読者層に委ねる。これが研究者としてのスタンスだと考えていた。今回あえて取り上げたのは、35人の書き手が類似の主張を展開するのではなく、非常に多彩な実態や視点を紹介することで、地域の議論の手掛かりを提供していることによる。町村週報の読者諸賢にこそ有益だと判断した次第。