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円筒分水槽と「水到渠成」

印刷用ページを表示する 掲載日:2022年4月18日

國學院大學教授​ 西村 幸夫(第3197号 令和4年4月18日)

 富山県南砺市の旧井口村に2020年4月に国の登録有形文化財となった赤祖父円筒分水槽がある。小矢部川水系の赤祖父川上流の赤祖父溜池から引き込まれた用水を3か所に分けるために1949年に造られたコンクリート製の円筒分水槽である。円筒分水槽とは、主として農業用水を正確に分配するために設けられた利水施設で、内円筒全周からの越流水を外円筒で受け、これを用水の配分率に合わせて区切って分水するという仕組みでできている。

 サイフォンの原理で地の底からわき出すような噴水の機能的・合理的な姿は、造形的にも秀逸だが、それだけでなく、分水の具体的な様子が外からよく見えるので、水争いがおきにくく、かつ構造がシンプルなので、維持管理にも無理がない。現在、5つの円筒分水槽が国の登録有形文化財となっている。うち3つまでが富山県のものである。

 用水や流路にかかわる国登録文化財建造物としては、このほか流雪溝や砂防堰堤、取水堰堤、水源地の水道施設・貯砂施設・濾過池、水路の階段工や石張水路工・床固工・沈砂池などさまざまなものがあるが、これら土木遺産のなかでも円筒分水槽の機能美は群を抜いている。

 赤祖父円筒分水槽の周辺には、用水事業に功績のあった地元指導者の胸像が置かれており、近くに「水到渠成」と刻された巨大な石碑が建てられている。「水到りて、渠成る」とは、水が流れることによって、土が削られ自然に溝ができるということから、学問を成すとそれに伴って徳も備わってくることを表している。また、条件が備わると物事は自ずと成就するという意ともされる。出典は宋代の文人、蘇軾だという。

 円筒分水槽の内側からこんこんとあふれ出る用水を見ていると、飽きない。そして、水がここに到って、用水路に分かれて流れ下り、そのことによって長年の水争いが収まり、地域に平和がもたらされたという歴史の重みが伝わってくる。切実な必要性が一切無駄のないこうした見事な美しさを生み出したこと、そしてそれをぴったりの4文字で表現した土地の知恵の奥深さに震撼する。