農業ジャーナリスト・明治大学客員教授 榊田 みどり(第3161号 令和3年5月31日)
20年以上前から食育に関わってきたが、当時から気になっていたことがある。1世帯あたりの野菜・果物の年間購入額を見ると、世帯主が20代と60~70代では2倍以上の開きがあることだ。
若い世代ほど、野菜や果物そのものを食べなくなっており、輸入農産物への対抗戦略云々の前に、今の高齢世代がいなくなる20年後、30年後は、さらに国内全体の消費量が減少すると容易に想像が付いた。
2000年当時、私はその主要因が家庭・個人の食に対する意識の問題と思い、その視点から、食育活動の推進が農業界にとっても必須だと訴えてきた。しかし、数年前から、これは、家庭だけでなく社会構造とも密接に関係があると思い始めた。
平成30年の厚労省「国民健康・栄養調査」で、日本でも初めて、所得格差と健康格差の相関関係が指摘された。年収200万円未満と600万円以上の世帯を比較すると、バランスのとれた食事、歯の本数、糖尿病比率などに差があるとの指摘だ。
4月から、農政ジャーナリストの会で、「食の貧困とどう向き合うか」をテーマに研究会を開催中だが、初回の講師だった東京都立大学教授の阿部彩氏(子ども・若者貧困研究センター長)から、今回のコロナ禍が、非正規就労の低所得家庭の経済に打撃を与え、それが食費の切り詰めにつながり、食の貧困をさらに悪化させている現状報告があった。
かねてから、アメリカ・イギリスなどでは、低所得者層ほど、空腹を満たす炭水化物や脂肪分の高い食料に食事が偏り、野菜や果物の消費が少なく、肥満や糖尿病が多い現状が報告されていた。日本にとっては遠い話と思っていたが、現実には、日本でもコロナ以前から、潜在的に存在した問題と阿部氏は指摘する。
要するに、野菜や果物を食べたくても、経済的な理由で食べられない人も多いということだ。アメリカでは、食費を補助する「栄養補助プログラム」や子どもに野菜・果物を提供する「野菜・フルーツプログラム」「学校朝食・昼食プログラム」など公的支援事業がある。日本は「子ども食堂」など民間の支援活動は広がったものの、公的支援は少ない。
食育のあり方も農産物消費拡大戦略も、新たな視点で考えなければならない時代に突入したようだ。