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地域づくりの戦略とビジョン

印刷用ページを表示する 掲載日:2021年5月17日

東洋大学国際学部国際地域学科教授 沼尾 波子(第3159号 令和3年5月17日)

先日、東京都立駒込病院脳外科の篠浦伸禎医師の話を聴く機会を得た。意識のある状態で、患者の神経症状をチェックしながら脳腫瘍などの手術を行う覚醒下手術の権威である。麻痺が残らず脳機能を温存できるという。

篠浦医師によれば、右脳と左脳の機能は完全に異なるもので、右脳は今ある空間、美、現在といった目の前の全体性を感じる領域。それに対し、左脳は言語・論理・時間の流れなど、物事に名前を付け、区分しながら認知する領域だという。そして、昨今の日本の教育は左脳強化に偏重しているが、元来、日本人は右脳型で、自然との調和や、自然災害など目の前の現実に素早く対応することに長けているという。無論、左脳と右脳にはそれぞれ特性があり、どちらが良い悪いというものではない。状況に応じて、バランスよく働くことが大切だそうだ。

では、自治体が地域振興を推進しようとするとき、どちらのタイプの認知を用いているだろう。各地の地域振興策を紐解くと、人口減少を抑制したり、関係人口創出に成果を上げている地域では、両者のバランスが極めて良いのではないかと思い至った。

行政は丁寧に地域の現状・課題を把握し、解決に向けた対応を検討している。左脳型である。他方で、首長の強いリーダーシップや、住民ワークショップなどにより、地域の理念や10年後、20年後のビジョンを描き、そのゴールをイラストやデザイン等で共有、共創する。これは右脳型である。理念やビジョンへの共感から地域に人は集い、統計データ等に基づく戦略は、それらを下支えする。

2015年以来、地方創生が謳われ、人口ビジョンや総合戦略が策定されている。自治体では、地区ごとに人口推計を行い、そこから地域の将来を予測し、生じうる課題に対する対策を立てるべく、総合戦略を策定している。だが、左脳偏重による分析型・課題対応型の戦略を立てるだけでは、将来どのような地域が在るのかをイメージすることは難しい。10年、20年先の姿を描き、そのビジョンや理念に共感し、思いを共有するところに、創造のタネがあり、今日の取組みに対する動機が存在している。

時間をかけて論理的な説明と説得を繰り返しても、人の心が動くのは一瞬である。その一瞬を捉えるのは、論理ではなく、共感の風を運んでくる全体性をもったビジョンなのかもしれない。人の心をつかむことのできる一瞬の風。それを吹かせることのできる共感力のあるビジョンに創造のタネがあるとすれば、その共創・共有の場を持つことが大切であることに、改めて気づかされる。