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つながりを育むエリア・リノベーション

印刷用ページを表示する 掲載日:2021年2月8日

東洋大学国際学部国際地域学科教授 沼尾 波子(第3138号 令和3年2月8日)

縁あって、長崎県東彼杵町にある東彼杵ひとこともの公社(以下、公社)を訪問した。この組織は、「公社」という言葉の響きから想像される団体とは全く違っていた。いわば地域でつながりを取り結び直すプラットフォーム・ビルダーである。

公社の代表理事を務める森一峻氏によれば、地元のコンビニエンスストアが存続の危機に陥った際、ローカルな商圏が消滅するかもしれないという危機感を抱いたという。

エリア内に魅力ある個店が増え、ゆるやかにつながることで、人々は往来し、経済活動の対流が生まれる。そこで、解体が予定されていた古い米穀倉庫をリノベーションし、地域の拠点を創出するとともに、近隣の空き家・空き店舗などを活用して事業創出を行う人々をサポートする活動を進めた。

町の空き家活用促進奨励金制度などもあり、5年間で、町内にはレストランやカフェ、ショップなど、20の多様な店舗が生まれた。リノベーションに関わった人々の間で支え合う関係が育まれているという。今では利用できる空き家が足りず、300人超がウェイティングリストに名前を連ねるそうだ。

一人ひとりの思いを大切にしながら「こと」「もの」を創っていくところが、公社の真骨頂である。この町で自分の仕事と暮らしをどんなふうに創出したいのか。その思いを言葉やデザインに落とし込む作業を通じて、起業支援や事業へのアドバイスも行う。

地域の魅力ある「ひと」に軸足を置き、彼らが生み出す魅力ある「こと」「もの」をウェブ等で発信するスタイルも面白い。ウェブサイトの名前は「くじらの髭」。町は江戸時代に鯨漁の船が立ち寄る交流拠点だった。その歴史を大切に、令和時代の交流拠点を目指す。

取組みを通じて、地域の風土と文化を大切にしながらその価値を引き出すビジネスも生まれた。地元の「そのぎ茶」はブランディングに成功し、今や東彼杵町は農林水産大臣賞を毎年受賞するお茶の産地となった。

豪雨災害やコロナ禍による経営難に際しても、「結」のネットワークが活躍した。豪雨で地元の味噌屋が被害に遭った際には、皆の口コミとウェブサイトで2トン以上の味噌を1週間たらずで売りさばいた。また、コロナ禍で来客が減る飲食店には宅配システムを構築し、事業を支える体制をつくる。

「ひと」が安心して暮らしと仕事を営むことのできる場と関係があり、そこで生まれる魅力ある「こと」「もの」に惹かれて人々が訪れる。エリア・リノベーション戦略により、情報と経済が地域で廻り始め、外にも広がりを見せる。地域振興の新しいかたちである。