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離島でのいのちの教育の意義 ―新潟県粟島浦村のしおかぜ留学―

印刷用ページを表示する 掲載日:2020年9月7日

早稲田大学名誉教授 宮口 侗廸 (第3132号 令和2年9月7日)

7月下旬、過疎対策室の現地調査で新潟県の粟島を訪れる機会があった。1島1村の粟島浦村の人口は350人足らず、診療所は看護師のみで医師はいない。通常は対岸の村上市の病院の医師のTV診察で、必要な場合には定期船で村上市に患者を運び、緊急を要する場合はドクターヘリの出動を仰ぐ。定期船はフェリーと高速船があるが、この夏はコロナの影響で便数は調整されている。感染は絶対に防がなければならず、乗船には健康調査と検温があった。

粟島は10年近く前に、島を愛する早稲田のゼミ生が何度もお邪魔しており、いつかぜひ訪ねたいと思っていた場所である。村が進めている「しおかぜ留学」の成果を見せてもらうために、ようやく訪れることができた。過疎地域の町村では各地で山村留学が実施されていて、そこでは都会では身につかない生きる力が育まれているが、粟島浦村のしおかぜ留学は、いのちの教育を謳っているところに強いインパクトを感じる。

翌年に小中学校の生徒数がひとけたになるとわかった年に、村は思い切った留学制度を考え、翌平成25年度から実行に移した。それは、かつて野生馬がいた島に牧場をつくり、そこで留学生が馬の世話をする、生きものに寄り添ういのちの教育へのチャレンジであった。4年間はそのような試みの先駆者であった沖縄のNPOの支援を受け、29年度からは村の教育委員会の管理体制に移行して、生徒たちは全国的な乗馬組織のOBに直接指導を受けるようになった。8頭の馬への朝6時と夕方5時の餌やりと馬糞の処理等の作業が毎日の日課で、乗馬指導もある。

村は留学生受け入れのために民家を改修し、寮を用意した。寮のキャパが留学生の定員にならざるを得ないが、令和2年度は男子寮6名、女子寮8名に加えて、里親施設女子6名分を開設して20名にまで増え、うち3名は小学生である。関東が多いが、関西・東北・東海の生徒もいる。施設の管理人はすべてIターン者である。いのちの教育が注目されて最近の応募は定員をはるかに超える。今年度の新入生11名の募集に対して応募は30名もあり、選考のために2か月かけて順次親同伴で島に来てもらった。留学生の年間経費は60万円である。

実際に寮を訪れて生徒の話を聞いたが、島の最初の印象については異口同音に「自然が豊か」であった。基本的に自然と馬に惹かれて応募した子が多く、早朝からの馬の世話を苦にする子はいなかった。将来はどんな仕事にという質問には、生きものにかかわる仕事、獣医、乗馬インストラクター、看護師などの答えが返ってきたが、中学生が自然と生きもののことをここまで考えていることに、筆者は感動を禁じ得なかった。昨年の成人式に留学1期生が2名両親とともに参加したことも、島との強い絆を示して余りある。この事業はすぐに定住者を増やすものではないが、島の自然と生きものの世話から生きる力を身に着けて各地で活躍する人材を育てる可能性に、国家的な意義を感じざるを得ない。