ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > コラム・論説 > 奇跡の湖、水月湖

奇跡の湖、水月湖

印刷用ページを表示する 掲載日:2020年7月13日

國學院大學教授​ 西村 幸夫(第3126号 令和2年7月13日)

福井県の若狭町から美浜町にかけて、若狭湾に突き出したリアス式海岸のところに三方五湖がある。互いにつながった三方湖、水月湖、菅湖、久々子湖、日向湖の5つの湖から成っている。周囲を山に囲まれて静かにたたずむ姿は心に染み入るようで、国の名勝にも指定されている。若狭湾国定公園でもあり、ラムサール条約によって保全すべき湿地として登録されている。中でも中央にある水月湖は、最大の大きさで、水深も34mと深く、海水も川の水も他の湖が受け止めてくれるので、湖面もいつも静かで神秘的な面影をたたえている。名前も雰囲気にぴったりで、とてもロマンチックだ。

水月湖は地形上、外部からの湖水の撹乱が起きにくいうえに、汽水湖で、淡水と海水とが上下で分かれ、下層の海水部分は変動が少なく、溶存酸素に乏しいうえに硫化水素濃度が高いため、湖底を荒らすような生物がいない環境となっている。ここに毎年プランクトンの死骸などの堆積物が徐々に蓄積することによって年縞と呼ばれる縞模様が生まれることになる。年縞はその時代の気候変動などを知るうえで貴重な物差しとなる。この年縞が水月湖の場合、7万年もの期間、1年も途切れることなく続いていることが調査で明らかとなっている。その結果、水月湖の年縞は世界標準として2013年より用いられているのだ。

水月湖が持つ例外的な地形の条件が安定した年縞を生んだと言えるが、それだけでは湖底の堆積物はたまり続け、水深が浅くなり、年縞を生み出す微妙なバランスが保たれなくなってしまう。水月湖がそうならなかったのは、堆積物が沈殿する年間0・7㎜とちょうど同じスピードでこの湖が沈下し続けているからである。ここはいわゆる三方断層が東に走り、プレートが徐々に沈降している場所なのである。これはまさに奇跡の湖というしかない。

そしてこの奇跡の湖は、周囲のわずかな平地に名物の南高梅を生産する梅畑を持ち、じつに美しい風景を私たちに提供してくれてもいる。