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放牧制限をめぐって

印刷用ページを表示する 掲載日:2020年6月29日

コモンズ代表・ジャーナリスト 大江 正章(第3124号・令和2年6月29日)

『銀の匙』という漫画をご存じだろうか。『週刊少年サンデー』で昨年まで連載され、テレビアニメや映画にもなった話題の作品だ。舞台は北海道の農業高校。さまざまな挫折を経験した若者が未知の農業を経験するなかで、動物福祉の観点を取り入れた放牧豚で起業するというストーリーである。

ヨーロッパでは、アニマルウェルフェア(家畜のストレスをできるだけ抑え、健康的な生涯が送れるような飼育方法)が一般的となっている。日本でも、畜産を目指す若者(特に非農家出身の新規参入者)の間で最近、放牧の人気が高い。以前は放牧と言えば牛だったが、いまでは豚も増えてきた。全国の養豚農家数に占める割合は3%とまだ少ないものの、薬剤に頼らず自然に近い形で育てるスタイルは消費者のニーズともあいまって、これから広がるだろう。農水省自身「銘柄豚肉」のひとつとして位置付けてきた。

ところが農水省はこの5月、家畜の「飼養衛生管理基準」の改正案に、唐突に牛や豚の放牧制限を打ち出した(「大臣指定地域においては、放牧場、パドック等における舎外飼養を中止すること」)。豚熱やアフリカ豚熱の感染拡大を防止するためというのが理由だが、多くの専門家が指摘するように、放牧豚のほうが感染しやすいというデータはない。防疫と放牧の両立は可能である。

放牧された豚は生理的欲求に従って地面を掘り起こして土を肥やす。増加し続けている耕作放棄地が解消でき、草地・森林を含む農地を低コストで維持できる。国土保全のあり方としても有効性が高い。

また、農水省のこの方針は、効率化のみを重視してきた工業型近代畜産の根本的問題(隔離・薬剤投与・生き物としての家畜の軽視)を如実に示し、鳥インフルエンザのときの対応と同根である。新型コロナをめぐって問われている免疫力をいかに高めていくかに逆行する動きにほかならない。

放牧養豚農家の多くが「科学的根拠が示されていない」「経営に大きな影響を与える」と反対し、動物愛護に尽力してきた女優の杉本彩さんはじめ、消費者からも疑問が出されている。それらを受けとめ、拙速な導入を避け、方針自体を見直してほしい。


*本稿執筆後、農水省は方針を転換し、放牧を認めた。世論の声を受け止めた対応を高く評価したい。