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高知にタンパク質王子あり ~中土佐町の七面鳥飼育への期待~

印刷用ページを表示する 掲載日:2020年5月11日

早稲田大学名誉教授 宮口 侗廸 (第3118号 令和2年5月11日)

高知市の西、須崎市の先に、かつて青柳裕介の「土佐の一本釣り」という漫画で一世を風靡した中土佐町がある。私も、久礼という漁港のカツオ船の若い漁師純平と八千代の物語に、わくわくしたものだった。その後旧国土庁の地域振興アドバイザーとして中土佐町へ派遣され、黒潮本陣という料理旅館のプランに関わるという縁もあった。いま温泉とともにある海水の汐湯は筆者の提案によるものである。当時漫画に描かれ、今も健在な大正町市場に並ぶ、魚の手仕事の見える小さな店に、感動を新たにしたものだった。

この中土佐町の内陸側に、平成に合併した旧大野見村がある。上流がいったん海に近づいてさらに山間部に遡る四万十川の上流部でもある。そしてこの大野見地区は、いま日本に3つしかない七面鳥の産地の1つなのである。

この大野見地区で、いま七面鳥の飼育と販売に燃える若者がいる。松下昇平氏(31)はアメリカで高校生活を送り、高タンパク低脂肪でアスリートの栄養食ぴったりの七面鳥に魅せられた。その思いは日体大に進学し、スポーツ振興関係で働くようになっても変わらず、高知県の移住相談会で、トライアスロンの参加で縁のあった中土佐町の職員から七面鳥飼育の話を聞いて一気に燃え上がった。

今から50年ほど前の日本では、クリスマスを祝う風潮が広がる中、各地で七面鳥の飼育が始められたが、いま残るのは北海道滝上町、石川県輪島市、そしてこの大野見地区のみである。生産量は合計3000羽に満たない。旧大野見村では村役場に組合を置いて支援していたが、合併後はその維持が難しく、松下氏は、3年前から地域おこし協力隊として七面鳥飼育を担当する願ってもない展開になった。翌年には組合長にも就任している。生産者は氏を含めて3名に過ぎないが、国の補助で加工施設を増築、HACCP(ハサップ)という衛生管理の認証も取得した。

町では小中学校の給食に月2回程度使い、小学生が考案した四万十ターキーコロッケは地産地消コンテストで最高賞を取った。実際、食味もアメリカのものよりは数段いいらしい。ラジオ番組を始めあらゆる機会に、アスリートに高タンパクの七面鳥を届けたいと訴える氏は、いつしかタンパク質王子と呼ばれるようになった。

協力隊の任期が終わったこの3月末、氏は個人事業主として松下商店を設立した。七面鳥に加えて撤退するテナガエビの養殖を引き継ぎ、他の仕事を加えて複合経営で頑張るとのことである。町教育委員会のスポーツ振興監にも委嘱された。なんとしても七面鳥を1000羽の大台に乗せたいと頑張る氏の歩みは、地域おこし協力隊員のあり方の見本とも言える。よき前途を祈らずにはいられない。