法政大学名誉教授 岡崎 昌之(第3102号 令和元年11月25日)
日本列島を災害が襲う。とくにこの数年、地震や津波に加えて、台風や豪雨による水害が頻度を増すとともに、その被害が深刻化している。平成27年の鬼怒川決壊による常総市周辺が浸水したときには、自衛隊のヘリコプターによる住民救助の光景が目に焼き付いている。平成30年の西日本豪雨では、これまで災害の少なかった岡山県で、50名以上が亡くなる大水害が倉敷市真備町で起きた。半世紀前の河川整備計画が、様々な経緯で先送りされた結果ともいわれる。そして今回の台風19号による長野県から東北にわたる広範囲の大水害である。
一方で、日本ほど水に恵まれた国はない。国土の7割を占める山間部には、豊かな森が広がり、そこに降った雨は、浄化され、河川を形成し、田畑を潤す。これほど安心して水を飲み、水を使える国は世界でも少ない。しかし水が豊かであったからこそ、古来から水との戦いも多かった。
静岡県大井川町(現焼津市)には舟形屋敷と舟形集落が残っている。大井川左岸のこの辺りは、大雨が降ると川は氾濫し、人々を悩ませた。しかし氾濫域は土地も肥沃だ。そこで家や田畑を守るために、流れに向かって先端に松や槇を植え、石垣で船の舳先のように補強し、全体を一段と高くして船の形の敷地とし、洪水の際には溢れる水を左右に流し、屋敷と家族の命を守った。木曽三川の下流域にも昔から輪中が形成され、古い民家には現在でも、軒先に水害時のための小舟が吊るされているのを見ることができる。
当然のことながら、舟形屋敷や輪中で、現在の稠密化した住宅地を水害から守ることはできない。ひところ河川整備についても、景観や親水性の議論もあった。河川に対する認識や関心を高めるうえでも、その視点は必要であろう。他方で巨大な神田川地下調整池が東京の内水氾濫を防いだのも事実である。硬軟両様の水害対策とともに、尊い人命を守るためには、普段から地域社会、集落レベルでの信頼、安心、連携の関係づくりを構築しておくことが不可欠である。そのための町村長、職員の不断の地域社会への目配りが必要とされる。