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オーバーツーリズム~期待される“地域の知恵”と“訪問者の自律性”~

印刷用ページを表示する 掲載日:2019年8月19日

立教大学観光学部特任教授 (公財)日本交通公社上席客員研究員 梅川 智也 (第3090号 令和元年8月19日)

「オーバーツーリズム」。この2年ほどで一気に広がった。UNWTO(世界観光機関)によれば、学術的な定義はなく、米国の観光メディア・スキフト社(Skift)が「観光地やその観光地に暮らす住民の生活の質、もしくは訪れる旅行者の体験の質に対して、観光が過度に与えるネガティブな影響」を意味するものとして使い始めたとしている。日本政府が発刊する2019年版の『観光白書』は、“現時点においては、全国的な傾向として、他の主要観光国と比較しても、わが国はオーバーツーリズムが広く発生するには至っていない”との見解であり、一部のマスコミや有識者、自治体等が限定された地域の局所的な問題を殊更強調して使っているような印象がないわけではない。また急激な増加を続けるインバウンドに対して警鐘を鳴らす意味も含まれているのかもしれない。

その根底には、過度な利用の集中によって発生する諸問題だけでなく、本来立ち入るべきでない農地や宅地など民有地への心ない侵入といったマナーの問題や観光の経済的な効果等プラスの側面が地域に裨益していない問題など、地域によって抱える課題は様々であることが背景にあるのであろう。その点では、都市部よりも農山村部の方がコミュニティへの影響は敏感である。

過度な集中を避け、地域にとって適正な入込容量は、どうやって決めていくのが適切なのであろうか。混雑度合いに対する感覚は人によって異なる。例えば、落ち着いた佇まいを今に伝える金沢の東茶屋街であるが、東京で暮らしている我々からみると、今でも十分品格のある街並みを残していると感じるが、地元の方々には昔の良さを失い、既に危機感を抱いていると聞く。こうした地域の人々がこれ以上は不快である、という許容範囲、適正容量は、地域自らが主体的に定めることが望ましいのであろう。

適正容量への誘導や来訪者の満足度低下を防ぐ方策、いわばオーバーツーリズム対策は、すでにある程度方向性は定まってきている。キーワードは「観光地経営」、つまり「観光地全体のマネジメント」であり、自治体や観光地域づくり法人(DMO)等が主体となって“地域の知恵”を出し合い未然に防ぐ努力を続けること、具体的には平準化に向けた「分散化」や「利用規制」、「料金政策」など保全と活用のコントロールを丁寧かつ継続的に実施することである。一方、訪問者の側にも“今だけ、ここだけ、あなただけ”という誘惑に負けない自らの行動を律する「自律性」が求められる。こうした地域の知恵や旅行者の自律的な意識と行動こそがサステナブルツーリズム、“持続可能な観光”の最も基本的な理念となる。