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祖父母から孫へ

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年8月6日

福島大学教授 生源寺 眞一(第3049号 平成30年8月6日)


中山間地域フォーラムが先月15日に開催したシンポジウムでは、「聞き書き甲子園」の取組について臨場感に満ちた報告を拝聴することができた。登壇者はNPO法人・共存の森ネットワーク事務局長として「聞き書き甲子園」実行委員会を支えている吉野奈保子さん。当日のシンポジウムのテーマは「農山村の教育力」で、吉野さんのほかにも非常に興味深いお話に出会ったが、今回は聞き書き甲子園に絞らせていただく。

聞き書き甲子園とは、全国から応募した高校生が農山漁村の現場を訪れて、地域の名人から聞き取った内容を文章化して発信する活動である。森と向き合うなりわいの技や地域固有の文化に秘められた知恵などを語ってもらい、数時間にわたって録音する。むろん事前に質問事項を練り上げなければならず、録音を起こす段階で言葉の意味を確かめる必要もある。実に充実した学びの機会だと言ってよい。対話と文章化だけで終わっていない点も特筆に値する。聞き書きの経験者が後輩の指導に参加しており、聞き書きが契機となって地域と若者の継続的な交流に発展したケースもある。

協力を引き受けた市町村が地域の名人を推薦する。名人だから、多くは70代や80代である。つまり、聞き書き甲子園は祖父母から孫の世代へとつながる学びの場でもある。そんな吉野さんの報告を拝聴しながら、祖父母から孫への伝承が農業の現場でも少しずつ生まれていることを思い起こした。このところ農業大学校の入学者の半数は非農家世帯の若者であり、その中には祖父母が営んでいる農業との触れ合いが進路選択につながったケースが現れている。もっとも、こうした事例はたまたま祖父母が農家だったという意味で、幸運がもたらした結果という面もある。

これに対して、今年で18回目を迎える聞き書き甲子園の取組は、高校生と協力市町村の双方が公募を通じて参加する。意欲的な若者と地域に対して開かれている点も、聞き書き甲子園の特色と言ってよいだろう。