
▲天龍村中井侍の茶畑と天竜川
長野県天龍村
3372号(2026年9月7日)
長野県天龍村
総務課 槇村 綾奈
天龍村は、長野県の南端に位置し、村の南側は愛知県と静岡県に接しています。東西に11.4km、南北に9.9km、面積の9割以上が山林で、村の真ん中を南北に流れる天竜川と、その支流が造るV字渓谷の中に集落が点在する「純山村」です。
天龍村の緯度は35度16分23秒。これは湘南海岸とほぼ同じ、標高も280m~とそれほど高くありません。県下で最も温暖な地と言われており、毎年県内で一番早く梅や桜が開花し、長野県は天龍村から春を迎えます。
気候は、周囲を 1,000m級の山脈と起伏の多い急傾斜地に囲まれているため、寒暖の差の著しい内陸性を持ちます。年平均気温13.0℃、年間降雨量約2,000mmと高温多湿の気候であり、シュロ、ゆず、カシ等暖帯性の植生が特徴的で県下では最も温暖な地帯です。
昭和31年、平岡村と神原村との合併は、当時天竜川を隔てたものとしては下伊那郡下に先駆けてのことでした。
そもそも両村は、古来より天竜川の恩恵を受けて共に発展してきましたが、戦後平岡ダムや佐久間ダムの完成により、かつての天竜川はその清流と激流の響きを全く止め、本然の姿は変わり果ててしまいました。
このため、天竜川の姿をせめても村名に著して永久に留め、天にも昇る龍の勢いでますます産業を盛んにし、新村建設に飛龍の気魄を持って奮起しようとの意を込めて「天龍村」と名付けられました。
山々を縫うように天竜川が流れ、まるで龍の胴体のよう。その姿にふさわしく、天龍村は「龍の隠れ棲む里」とも称される、風光明媚な地域です。
川沿いの道では時折、車を停めて天竜川と飯田線を走る電車を一緒に撮影しようとカメラを構える方々の姿を目にします。また、夏になると村鳥であるブッポウソウ目当てに、全国各地から愛鳥家や写真愛好家が訪れます。朝早くからシャッターチャンスを狙う姿が見られるのも、今では村の風物詩の1つです。天龍村観光協会で販売している多種多様なグッズも大変ご好評いただいております。
しかし、私たちに多くの恵みを与えてくれる自然は、時として厳しい顔を見せます。全国的に集中豪雨や台風による土砂災害が頻発している昨今、天龍村でも令和2年1月に大規模な崩落が発生し、安全な通行が困難となる事態に見舞われました。以降、村民や関係者は狭く危険な村道を長期間、迂回路として利用せざるを得ず、不安と不便を抱えた日々が続きました。
そのような中、令和5年4月に長野県事業として着工した国道418号「福島トンネル」が開通し、令和7年には取付工事も無事完了、安全かつ円滑な交通路が確保されました。まだまだ急峻で狭隘な道も多くありますが、「おきよめの湯」などの重要な観光施設へのアクセスが大きく改善され、村民はもちろん、観光客や村外からの来訪者の増加が期待されています。また、同じく国道418号線上で工事が進められている「足瀬トンネル」が開通しますと雨量規制や土砂崩れの多い区間の交通が格段に安定します。
この道路整備は、単なる利便性の向上にとどまらず、地域全体の活力や安心感にもつながるものです。今後、三遠南信自動車道やリニア中央新幹線が開通すれば、天龍村を通る国道418号の役割はますます重要なものとなります。
美しい自然と共に生きる私たちの村にとって、安全で安定した交通インフラの整備は欠かすことのできない基盤です。先人たちが大切に守ってきたこの地の魅力を、これからも丁寧に磨き、次の世代へと受け継いでいけるよう努めてまいります。

天龍村では商店主の高齢化や運転免許の返納などにより、生活必需品である食料品や日用品の調達が困難となっている方が増加していることから、平成29年度より検討委員会の設置や役場内に専門の部署を設け、いわゆる買物弱者対策を検討してまいりました。
諮問委員会による検討の中で、買物拠点施設の整備と、見守り御用聞き事業の実施があげられ、施設建設に先行して令和2年度より地域の見守りも兼ねた御用聞き事業「やまびこデリ」の運用を開始しました。
買物拠点施設は、地域の皆さまのニーズに応えられる運用形態の検討を重ね、交流スペースを兼ね備えたミニスーパーにコインランドリーを併設した形態といたしました。あわせて、施設の2階には単身向け住宅を6戸整備し、住まいの整備を行いました。なお、施設の一部には村産材を活用しているほか、環境に配慮した断熱効果の高い素材の導入やバリアフリー等に配慮し、誰でも気軽に立ち寄れる場所となるよう整備を進めました。その結果、令和4年4月にミニスーパー「満島屋」が開業しました。

満島屋の開業を皮切りに、令和4年7月に村内全区域をカバーする送迎バス事業であるデマンドバス「やまびこデリ号」の運行を開始、さらに、令和6年3月には天龍村社会福祉協議会が運営する移動販売事業「やまびこデリ」の運行を始め、御用聞き事業・満島屋・デマンドバス・移動販売の4つの柱で買物弱者を支えています。
これらの対策により当初の課題であった免許を返納した住民や、民間の移動販売がカバーできない地域の住民の支援のみならず買い物等を通じて商品を選ぶ楽しみによる満足感の充足や村民の皆さんと販売員が良好な関係を築くことにより「身近に頼れる存在をつくる」大事な機会の1つと考えています。
少子高齢化が進む中、天龍村に新しい風を吹き込んでくれるのが、フィールドワークなどで訪れる「学生」たちです。村における学生受け入れの記録は平成18年に遡り、これまで国際基督教大学をはじめ、約15校の大学や高校から学生を受け入れています。
近年、この連携はより強固なものとなっています。令和3年2月には国際基督教大学サービス・ラーニング・センターと連携協定を締結し、村の課題解決や地方創生への貢献を目的とした実習を展開しています。
さらに今年度は、東京大学大学院工学系研究科(都市工学専攻 国際都市計画・地域計画研究室)と「地域と大学の連携による地域課題解決プロジェクトに関する協定」を結びました。この取組には東京大学に加え、信州、三重、筑波、宮城、立命館の各大学の学生も参加し、数名から数十名のグループで村の多様な課題をテーマに調査研究を行っています。
正直なところ、短期間のフィールドワークによる学習結果が、即座に村の課題解決に直結する実績は多くありません。しかし、学生たちがそれぞれの立場で村と関わりを持ったということ自体に、極めて大きな意味があると感じています。
実際、かつて受け入れた学生が後に「地域おこし協力隊」として採用されたり、時を経て「地域活性化起業人」として村で活躍したりするケースが生まれています。短期間であれ彼らの心の中に天龍村が存在し続け、村との関わりが途切れないこと。これこそが「関係人口」の創出に直結するものであり、学生受け入れの最大の成果だと感じています。
私たちは、一人でも多くの関わった学生に天龍村のファンになっていただきたいと強く願っています。今後は、導入予定の「ふるさと住民登録制度」を積極的に活用し、村を訪れた学生がその後も継続してつながりを持ち続けられる仕組みを整えていく方針です。
天龍村では、平成25年度に地域おこし協力隊を初採用しました。地域外からの多様な人材を受け入れ、新たな視点で村の活性化を図るこの取組は、着実に実を結んでいます。
これまで現役隊員を含めて累計31名を採用してきました。任期を終えた退任者26名のうち15名が村内に定住しており、定住率が58%となっております。定住した多くの協力隊OB・OGは、村で家庭を築いており、深刻な課題である少子化対策にも大きく貢献しています。
現在、村内では5名の現役隊員が活躍しています。それぞれ林業振興に1名、有限会社天龍農林業公社での農業振興に3名、そして水産業振興として信州サーモンの養殖に1名が従事しています。
今年度新規採用された菊地原隊員は、大学生のフィールドワーク受け入れ事業で村を訪れたことが着任のきっかけでした。信州サーモンの養殖に強い興味を持ち、地域おこし協力隊インターンを経て今回の採用に至りました。あらゆる産業で人材・後継者不足が叫ばれる中、非常に貴重な人材です。この事例は、大学連携事業を通じて村のファンや担い手を生み出す重要性を改めて実感する契機ともなりました。
また、定住したOB・OGたちの活動も地域に大きな活力をもたらしています。彼らを中心に組織されたNPO法人ツメモガキ※は、退任後も地域振興に直結する多彩なプロジェクトを展開しています。

例えば、特産のゆずを加工した伝統的な「柚餅子(ゆべし)」づくりの継承や、体験ツアーの企画。さらに、特産の「中井侍銘茶」の高付加価値化と茶摘み体験ツアー、一棟貸しゲストハウス「Orion(オリオン)」の営業などを通じて、村の魅力発信と新たな関係人口の創出に多大な貢献をしています。
地域の担い手として奮闘する現役隊員と、定住後も独自の視点で村を盛り上げ続けるOB・OGたち。彼らの存在は、村の未来を切り開く大きな希望です。今後の活躍も引き続き期待しています。
※「ツメモガキ」=村の厳しい過疎化や高齢化という現状に対し、「いまこそつめもがく(=ラストスパートする)時!」という想い

天龍村は昭和31年9月30日、平岡村と神原村が合併して誕生し、来る令和8年9月30日をもちまして誕生70周年を迎えます。この70年という長い歳月、村を支えてくださった先人の方々、そして今を生きる村民の皆さんに深く感謝申し上げます。村では、この記念すべき節目を皆さまと共に祝い、これまでの歩みを振り返るとともに、輝かしい未来を展望するため、年度間を通じてさまざまな記念事業を展開してまいります。
天龍村では、ブッポウソウという渡り鳥を村鳥に認定し保護活動に取り組んでいます。
ブッポウソウは、光り輝く瑠璃色の身体とオレンジ色のくちばしを持ち、その姿から「緑の宝石」とも呼ばれる渡り鳥で環境省のレッドリストで絶滅危惧種に指定されています。
天龍村には、4月下旬から5月上旬頃に東南アジアから繁殖のために飛来し、7月のヒナの巣立つまでにかけて村内各所でその姿を見ることができます。
本来は樹木の洞(うろ)などを住処とし営巣するブッポウソウですが、住処となるような樹木の減少がブッポウソウの頭数減少の一因であると考え天龍村では巣箱の設置を実施しています。
天龍村でのブッポウソウの保護活動は平成9年に平岡小学校(現天龍小学校)の児童たちの取組が発端となっており、「天龍みどりの少年団(天龍小学校)」を中心に村民等有志や役場の協力を受けながらブッポウソウの営巣場所確保のため村内各所へブッポウソウの巣箱を設置し続けています。
平成23年には役場屋上へ設置している巣箱内部へカメラを設置し営巣状況の記録を開始し平成25年からは村のケーブルテレビを通じて家庭のテレビにも役場屋上の巣箱内の様子が確認できるようになりました。
テレビの効果もありブッポウソウが村民により身近な存在となり世間話の話題にブッポウソウの子育ての様子があがるなど村民からも強い関心が寄せられています。
平成31年からは新たに村民の有志により構成された「ブッポウソウを守る会」が発足され天龍みどりの少年団の活動支援を中心に巣箱の設置や観察者の対応等に取り組んでいます。
令和8年にも19個の巣箱が天龍みどりの少年団により村内各所に設置され複数の箇所で営巣が確認されています。
役場に設置された巣箱にも1組のブッポウソウが営巣し4羽の雛鳥が成長している様子が巣箱内に設置しているカメラを通して確認できます。
早ければ7月10日あたりから巣立ちを迎えるブッポウソウですが、毎年天龍村から複数の雛鳥が遠く離れた東南アジアに向けて巣立っていきます。
天龍村から巣立っていったブッポウソウが翌年も帰ってこられることを願って今後もブッポウソウの保護活動を続けていければと思います。
長野県最南端に位置する天龍村の「おきよめの湯」は、豊かな自然に囲まれた村営の日帰り温泉施設です。
施設名は、毎年正月に地域で受け継がれている伝統行事「向方お潔め祭り」に由来し、「温泉に浸かり、身も心も清め、健康と長寿を願う」という思いが込められています。
泉質はアルカリ性単純温泉(pH9.6)。肌あたりがやわらかく、湯上がりには肌がしっとりとなめらかになることから、多くのお客さまに親しまれています。内湯や露天風呂、サウナ、水風呂を備え、露天風呂からは四季折々の自然を感じながら、ゆったりとした時間をお過ごしいただけます。
館内にはレストランや売店、広々とした休憩スペースもあり、入浴だけでなく一日を通してくつろげる施設となっています。
南信州の秘境・天龍村で、豊かな自然と良質な温泉に癒やされるひとときをぜひご体感ください。

柚餅子とは、保存食の1つで、柚の中身をくり抜き、皮の器の中に、砂糖やクルミ、胡麻等と混ぜ合わせた「練り味噌」を詰め込み、2時間ほど蒸した後、自然乾燥で約2~3か月かけて1つ1つを丹念に仕上げた、独特の風味と香りがある珍味です。
全国的にも、「柚餅子」と言えばクルミの入った餅菓子として広く一般に販売されていますが、こちらは保存食として練り味噌を柚子に入れて乾燥させる柚餅子です。全国複数の地域に存在しており、戦国時代に起源を持つと言われています。天龍村で代々作り続けられている柚餅子もその1つです。
村の郷土食として受け継がれており、現在ではNPO法人が中心となって伝統の味を守り続けています。文化庁の食文化「100年フード」に認定されるなど、地域の誇るべき食文化となっています。

天龍村神原地区に住んでいた田井沢さんが、明治20年(1887年)頃、東京の種苗店から種子を取り寄せて栽培が始まったと言われています。最初に栽培を始めた田井沢さんの名前にちなんで「田井沢なす」と命名されましたが、名前が訛り「ていざなす」と呼ばれるようになりました。
大きさは長さ25cm、重さ400グラム以上で、大きなものは長さ30cm、重さは1kg以上になるのが大きな特徴となります。果肉は柔らかく、甘みが強いのが特徴で、焼きナスなどの料理がおすすめです。
100年もの間ほとんど他に出回ることはなく、自家消費されるか村の直売所に並ぶ程度でしたが、高齢化の進む同地区で新しい付加価値商品として注目され、「ていざなす生産者組合」が発足し、長野県の「信州の伝統野菜」に選定されることで地域の特産品として栽培されています。
また、天龍村内にあるふれあいステーション龍泉閣のレストランでは、期間限定でていざなすを田楽にした「ていざなす定食」を提供していますのでぜひご賞味ください。

長野県最南端の天龍村中井侍地区で生産される煎茶(緑茶)に中井侍銘茶というブランド名がついており、国内でも稀少で良質な浅蒸し茶を生産しています。中井侍のお茶畑は天龍村の急傾斜地に上から下まで所狭しとお茶畑があり、眼下には雄大な天竜川を望めます。

中井侍銘茶の特徴として、中井侍地区では今でも手摘みの文化と営みが残り5月には良質な茶葉のみをえりすぐって摘む姿を見ることができます。天竜川から立ち上る朝霧がお茶を美味しくすると言われ、昼夜の寒暖差が大きく、日照時間が短い山間部の谷合は、お茶の栽培に適した環境から、柔らかく上質な葉が生まれます。恵まれた環境と丁寧な仕事で摘まれたお茶は、蒸し時間の短い浅蒸しと言われる製法で地区内の製茶工場で加工されます。こうしてできた中井侍銘茶は苦みがほとんどなく、甘味が引き立ちスッキリとした味わいでとても飲みやすくなっています。

天龍村十久保地区の村澤氏が、平岡ダムの建設に従事した朝鮮人から種を譲り受け、一人で栽培を行い、一味唐辛子に加工し村の温泉施設などへ出荷をしていましたが、村澤氏の体調不良により「十久保南蛮」の栽培は途絶えてしまいました。しかし、平岡地区の板倉氏が種を譲り受け令和3年から栽培を継承してきました。
特徴として、青果は細長く果長10cm~15cm、辛味と香りが強くなっています。
令和5年から「十久保南蛮」の復活を願う村内の農業者が栽培を始め、令和5年に「信州の伝統野菜」に選定され、地域の特産品として栽培を行っています。
総務課 槇村 綾奈