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鳥取県江府町 /関係人口創出!「二地域居住のススメ」ー人口最少県の人口最少の町の挑戦ー

印刷用ページを表示する 掲載日:2026年4月20日更新

庁舎から望む大山南壁

▲庁舎から望む大山南壁


鳥取県江府町

3357号(2026年4月20日)
鳥取県江府町 総務課


●江府町ってこんな町です●

 江府町は、昭和28年6月、町村合併促進法の適用を受け江尾町、神奈川村、米沢村の3町村が対等合併して発足し、翌昭和29年4月に、隣接する日光村の一部を加え新「江府町」として誕生しました。

【町のすがた】

 鳥取県の西部に位置し、東は山陰・山陽を分離する中国山脈をあいだに岡山県真庭市と接し、南は日野町と西は伯耆町、北は西伯郡大山町、琴浦町及び倉吉市と接した東西11.8km、南北13.5kmの中山間地域で、県西部経済圏の中心地である米子市へは24km、県庁所在地の鳥取市へは125㎞の位置にあります。町の中心部を南北に国道181号とJR伯備線が通り、東西には米子自動車道が走っています。米子自動車道の江府ICは、町の中心部まで約5分、米子鬼太郎空港からは車で約1時間と、アクセスも便利です。

 秀峰大山の南山麓に広がる江府町は「奥大山」と呼ばれ、中国山地につながる古い花崗岩地域と大山の火山活動による火砕流の堆積、数十万年に及ぶ侵食の繰り返しにより現在の地形が形成されています。

 町の中心を南北に貫く清流日野川は鳥取県三大河川の一つであり、大山を源とする俣野川、船谷川、小江尾川といった支流が合流しています。町名「江府町」の由来も、これらの川が合流し「府(中心)」をなす…というところにあります。

 町の総面積は124.52km²。その80%が山林、原野等で、そのうち標高500m以上の土地が総面積の52%を占めています。町の北部から東南部に位置する大山隠岐国立公園に広がる西日本一のブナの原生林は、美しい景観で人々の心を癒すとともに、豊かな水資源を育んできました。これは、二つの天然水工場や、揚水発電所など今日の町の経済を支えるものとなっており、江府町は、このような奥大山の豊かな環境と水を活かした独自のまちづくりを進めています。

【歴史・文化】

 戦国時代、伯耆尼子氏の家臣であった蜂塚氏が江美城を築き、その城下町として江尾が発展しました。最後の城主である蜂塚右衛門尉が、町民に城を開放して催した無礼講の祭り『江尾十七夜』は、500年を経た今も人々の手によって受け継がれ、毎年8月17日は、多くの人でにぎわいます。

 江戸時代は、江尾は米子と岡山県の美作を結ぶ日野往来の宿場町として栄え、交通の要衝となりました。慶応元年には番所も設置され、定期市や牛場市も開かれるなど、活気がありました。大正になると米子から江尾まで国鉄伯備北線(現在のJR伯備線)が開通し、昭和10年には、軍用道路として江尾美作道(現在の国道482号)の改良が進められるなど、江尾は地域の中心としての地位を確固たるものとしました。

1.人口構造から見える課題

 本町も全国の中山間地域と同様、人口減少と高齢化の波に洗われています。国立社会保障・人口問題研究所の推計(令和2年)によると、今後、2025年までに人口は半分以下にまで縮小、これ以下率は60.4%に達すると予測されています。人口減少は全国各地に顕在するものですが、この課題には二つの側面があります。一つは経済的な側面の「地域経済の活力低下」「労働力不足」「税収の減少」「インフラ維持費の負担増」。そしてもう一つが心の豊かさの側面です。特に広い町域に40の集落が点在する江府町では「外部への閉鎖性」「役場依存、自発的取組不足」「新しいことへの抵抗感」「集落の維持困難」「コミュニティの縮小」「担い手不足」「人と人とのつながりの希薄化」「多様性に触れる機会の減少」といった中山間地域特有の課題がいち早く顕著化しています。

 このような背景から、従前のような「定住人口(フルタイム住民)だけで町を維持する」というモデルは、もはや崩壊の危機にあると言わざるを得ません。

2.が、しかし!!データに見る「希望」~R6年の転換点~

 絶望的な予測の一方で、直近の転入転出データ(H30~R6)には明確な「希望」の兆しが現れています。

(1)ライフステージによる人の動き
 7年間の累計データを見ると、進学・就職期にあたる10代後半から20代前半の流出は顕著ですが、25歳~39歳の子育て世代と0~14歳のこども世代では転入超過(社会増)の傾向が見られます。これは「子育て環境としての江府町」が選ばれている証左であり、Uターン・Iターン施策の一定の成果と言えます。

(2)令和6年の劇的な変化
 特筆すべきは令和6年(2024年)の実績です。長らく続いてきた社会減(転出超過)のトレンドが反転し、初めて「社会増(+4人)」を記録しました。その要因を分析すると、県外からの転入増が大きく寄与しており(対県外収支+24人)、特に25~29歳の層で劇的な改善が見られました。この変化を一過性のものにせず、持続的な流れとするためには、既存の移住施策に加え、より多様な関わりしろを作る「二地域居住」の推進が不可欠です。

(3)年齢階級別の人の動き(H30〜R6累計)
転入と転出の差し引き(社会増減)を見ると、江府町の人の動きには明確な「ライフステージによるパターン」があることが読み取れます。

3.人が人を呼ぶ…新しい人の「芽」

町に新しい風を吹かせる人々

 従来の人口のこのような動きの中に、町に新しい風を吹かせる元気な人たちの姿があります。

 従来の人と考え方+新しい人と考え方。人と人とがつながることで何かを生み出す。二地域居住がもたらす関係人口から、江府町民へ…の先駆者となっている方々です。

4.なぜ今、「二地域居住」なのか…~実は始まっていた「二地域居住促進」~

航空写真

 将来の人口構造を見据えた時、二地域居住は単なる「余力」ではなく、地域存続のための「必須の生存戦略」となります。冒頭で紹介したように、町域の大半を山林や原野が占める江府町では、人を呼び込むための住宅地に必要なまとまった平地が少なく、一方で持ち主との調整が必要な空家の改修も想定していたとおりにすすまないという状態が長く続いていました。

 そんな中、30年もの長い間、廃業したまま放置されていたパチンコ店の土地を入手することができ、念願の移住促進住宅を建設することとなりました。隣地には、平成10年に整備した町営住宅もあり、江府ICから1分ほどという絶好の立地条件です。また、同時に、地域交流拠点施設整備も行ったのが令和5年度のことです。

5.江府町だからこそできる、人と人をつなぐ江府町モデルの二地域居住促進~「江府町特定居住促進計画」の展開~

江府町特定居住促進計 画

 これまでの人口推計、転入転出のデータから、人口激減、高齢化、一方で子育て世代の流入という希望を踏まえ、「江府町にとって、なぜ、二地域居住施策が不可欠なのか」を、中山間地域特有の農業・集落維持の視点で考えると、定住人口(フルタイムの住民)だけで集落機能を維持するのは、日本全体が人口減少の中、2050年の人口半減に向けて物理的に不可能であり、それを補う関係人口の増加、二地域居住者が生命線となります。

 こうした背景を踏まえ、本町では令和7年3月に「江府町特定居住促進計画」を策定しました。本計画では、単なる別荘的な空き家等の利用の促進ではなく、「将来の集落維持のパートナー」を獲得することを主眼に置いています。

 特定居住促進区域として、すでにこうした方向で整備を進めていた「佐川地区」と、かつては町の中心としてにぎわっていた「江尾地区」の2地区を設定し、ターゲット層を「都市部で働くテレワーカー」、「若年層・子育て世代」、「アクティブシニア」とし、計画を推進しています。

6.合言葉は「最低でも日本一!」~子どもを軸に加速させる二地域居住促進 コミュニティ・パーク~

左:コミュニティパーク全体像 右:建設予定地

 先行して整備を始めた佐川地区には、公園と保育園のハイブリッド施設である、コミュニティ・パークの建設を進めています。

 始まりは『保育園らしくない保育園』プロジェクト。

 かねてから聞かれていた「子どもを安心して遊ばせることのできる場所がない!」という声と、役場若手職員の「公共施設を子どもの遊び場にできないか?」という提案から、令和5年4月に『保育園らしくない保育園プロジェクト』が発足、誰も経験したことのない事業はスタートしました。住民ワークショップから導き出したこの施設のコンセプトは「多様性が府を成し、育む社会性」。人と人との分断を解消し、新たな人の流れと交流の場を創出することをめざしています。江府町モデルの「二地域居住促進」を具現化する、未来の江府町の象徴的な場と言える場所です。

完成見取り図1

完成見取り図2

江府町へ

 現在、プロジェクトチームは4名で進行。保育園と公園の融合という前例のない施設建設にあたって、チームのプロジェクトマネージャーとして招聘した外部アドバイザー・豊田啓道氏(元株式会社オリエンタルランド勤務)とともに、江府町モデルの「二地域居住促進」を具現化するべく、令和9年度の開園をめざして日々、挑戦を続けています。

7.そして、未来へ・・・まだまだ続く挑戦~地域と新しい人をつなぐコンテンツ~

あるものを活かす(地域の人と素材)×人の力を借りる(関係人口)

人と人を結ぶ渡部裕美子さん

◆地域おこし協力隊「二地域居住コーディネータ―」
 「江府町特定居住促進計画」策定を機に、委嘱型の地域おこし協力隊を募集し、令和7年10月1日付で「二地域居住コーディネータ―」を配置しました。

 比較的、条件不利と言われる各地で培った広い人脈を持つ渡部裕美子さんは、農業を軸に、さまざまな分野で人と人、地域と地域をつなぐ活動を精力的に展開しています。

 

旧米沢小学校

◆廃校(旧米沢小学校)を使った、サーモンの陸上養殖

 地域商社を含む地元企業や農家が事業主体となり、熊本県八代市の企業が開発した養殖ノウハウを導入して展開予定。この企業は大手スーパーとの契約先を確保しており、本事業で養殖したサーモンに関して全量買取を可能としています。今後3年かけて、養殖数を年1万匹までに拡大し販売金額を5千万円以上として自立をめざします。

 

かつてのにぎわいを!『まちの本屋』

◆江尾駅前活性化「まちの本屋」復活計画

 「特定居住促進地域」の一つである江尾地区の中心地、JR江尾駅前に、かつて書店であった建物があります。駅前の通りには、この店舗をはじめ小売店が軒を連ねていましたが、後継者不足等により今ではほとんどの店舗がなくなってしまいました。何とかしてにぎわいを取り戻したい・・・という町の願いが届き、この土地と建物を取得。時を同じくして、白石町長と、NPO法人ブックストアソリューションジャパン(BSJ)理事長との偶然の出会いがありました。全国的に無書店自治体が増えていく中、その問題に向き合ってきたBSJのノウハウと力を借りて、本屋を復活する計画を進めています。単なる本屋でなく、図書館とのコラボやカフェなど、本を通して人と人が出会い交流が生まれる・・・町の人だけでなく、町の外からも多くの人が訪れる場所をめざします。

◆奥大山農業公社から始まる農業者の受け入れ

 さまざまな分野で担い手不足が顕在化する中、特に顕著なのが農業分野です。江府町では、農地の維持=集落コミュニティの維持という地区が多く、ここに関係人口の力を活かすことによって光を見出すことも可能となります。農業に興味があっても、いきなり個人で農地を持ったり、特定の集落に入ったりという高いハードルを越えるのは困難なことですが、稲作農家の作業を請け負う奥大山農業公社が、まず人を受け入れ、農業に特化した集落とのマッチングを行うことで人材を確保していく、今後はこのような施策で耕作放棄地の増加に歯止めをかけることにつなげていきます。

特産の梨『新甘泉』の収穫体験

 ともに未来へ・・・。

 小さな町。だからこそ、決断が早い。だからこそ、本気になれる。

 江府町は、目先の経済的な利得だけでなく、「豊かな水とブナの森」という根源的な財産を未来にどう受け継ぐか、という問いに真正面から向き合い、小さな自治体だからこそできる、持続可能な地域づくりのモデルを創造してまいります。この挑戦が、多くの方の関心と共感を呼び起こすことを願っています。


江府町 総務課​