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神奈川県松田町/消滅可能性都市からの脱却その先の未来へ

印刷用ページを表示する 掲載日:2025年12月22日更新

電車2路線が乗り入れ、東名高速道路のICも近い市街地。地域全体が富士山のフォトスポットです

▲電車2路線が乗り入れ、東名高速道路のICも近い市街地。地域全体が富士山のフォトスポットです


神奈川県松田町

3344号(2025年12月22日)
神奈川県松田町
松田町定住少子化担当室 米山 愛莉


  1. 都市の利便性と里山の自然を活かし、逆転の一手に挑む
  2. 町の絆を深める「定住」への温かい仕掛け
  3. 町の未来を託す「チルドレン・ファースト」の理念と課題
  4. 地域主体の活力創出と施策の「連動」
  5. 10年の挑戦で掴んだ教訓と未来への新たな一歩

1. 都市の利便性と里山の自然を活かし、逆転の一手に挑む

 神奈川県の西部、「足柄山の金太郎」のふるさとである足柄地域に位置する松田町は、総面積37.75km²、人口およそ1万人の小さな町です。都心から車で小一時間の距離にありながら、雄大な丹沢山系を背景に、清流と豊かな里山の自然に恵まれています。この「交通利便性」と「自然環境の豊かさ」の二面性が本町の大きな魅力です。しかし、全国の自治体と同じく、本町もまた人口減少と少子化という避けられない課題に直面しています。平成27年春、全国の自治体のおよそ半数に当たる896自治体が「消滅可能性都市」に指定されるというニュースが全国に衝撃を与えました。三大都市圏に属する神奈川県においても、33市町村中9市町村が指定され、残念ながら、その中に本町も含まれていました。この危機的状況を単なる「課題」として終わらせるのではなく、「未来への挑戦」と位置づけたのが、平成26年度に新設された定住少子化担当室です。本室は、課題を横断的に捉え、移住・定住、空き家対策、ふるさと納税、官民連携、関係人口創出といった多岐にわたる施策を担う、まさに町の未来を託された部署として誕生しました。

 そして、挑戦開始から10年が経過した昨年春。多角的なアプローチを粘り強く続けた結果、本町はついに「消滅可能性都市」からの脱却を達成しました。この確かな光をもたらした松田町の「定住少子化対策」の歩みと、10年の挑戦で私たちが掴んだ教訓をご紹介します。

2. 町の絆を深める「定住」への温かい仕掛け

子育て支援住宅ラ・メゾン カラフル町屋

 本町の定住対策は、転入数だけを競うのではなく、「松田町に住み続けたい」という人を増やすことを重要視しています。

 その住み続けたいの1つの仕掛けが、地域が温かく転入者を迎える「コミュニティ」の存在です。核家族化が進む現代において、多世代が助け合う社会という「受け皿」が、その地に実在することが、子育て世帯が転入を決める1つのポイントではないかと考えています。

 多世代という観点では、2世代・3世代が同居・近居をしながら子育てや介護ができる環境づくりを支援するため、「松田町二世帯同居等支援奨励金」として、最大30万円を子世帯に交付しており、経済的支援だけでなく、家族の絆を育むという本町が描く、暮らしのコンセプトを制度化したものです。

  経済的な支援として代表的なものは、東京圏外で活用されている「移住支援金」がありますが、本町は、三大都市圏に該当するため、活用ができません。

 しかし、豊かな自然環境を有する中山間地域の「寄地域」では、人口減少のスピードが顕著であり、コミュニティ機能の維持の観点からも支援が必要と判断し、国の移住奨励金と同等の制度を、独自の支援策として制度化(令和6年度より「松田町寄地区移住促進奨励金」を創設)し、山間部で新たなライフスタイルを始めようという子育て世代の移住者に向けた支援を開始しました。地域コミュニティの新たな担い手を、地域という受け皿で受け止める。そんな温かい仕掛けが準備され、移住者は地域に溶け込み、未来をつくるかけがえのないこどもを地域で育む土壌が松田町にはあります。

3. 町の未来を託す「チルドレン・ファースト」の理念と課題

宣言を行う本山博幸町長

 本町では、こどもたちの目線をまちづくりに役立てるため、こどもたちの健やかな成長を最優先する揺るぎない理念である『チルドレン・ファースト』をまちづくり戦略プロジェクトに定めています。

 具体的な施策として「まつだ子どもカフェ」を令和3年度より開始し、こどもたちが描くまちの将来像などについて、直接町長と意見交換する機会を設けています。

 また、本年4月には、『松田町・こども子育て応援宣言』を神奈川県下の自治体として初めて宣言し、行政と地域が一丸となって「子育てがしやすいまちづくり」を推進する姿を改めて、内外に示したところです。

 同宣言に基づき、本年度では、子育て世帯向けに保護者の経済的・心理的負担軽減を目的とした『8つのゼロ(無償化)』に取り組んでいます。

  1. おむつ代相当額​
  2. 第2子保育料
  3. 0~18歳医療費負担
  4. 幼稚園バス利用料
  5. 小中学校給食費
  6. 学童保育保護者負担
  7. 小中学生英検受験料
  8. 大阪・関西万博入場券購入費

木造3階建て 松田小学校

 また、こどもたちがのびのびと感性を磨き、成長できる環境整備にも力を注いでおり、令和3年度には、公立学校として、全国4例目となる木造3階建ての小学校を建設しました。木の温もりを感じる学び舎は、木材利用推進コンクールにおいて文部科学大臣賞を受賞するなど、本町の新たなシンボルになっています。

 本校舎では、グローバル教育の強化として、ALT(外国語指導助手)を増員し、英語を使ったコミュニケーションの機会を広げています。

4. 地域主体の活力創出と施策の「連動」

「YADLOG」創刊号

 定住少子化対策を真に持続可能なものにするためには、行政の支援だけでなく、地域や地域住民の活力が不可欠です。本町が10年間の挑戦を通じて掴んだ最大の教訓は、施策が有機的に連動し、地域の主体的活動に火をつけたことにあります。

 本町では、令和元年度から、少子高齢化による担い手不足の解消等をめざした「関係人口創出事業」に取り組んでまいりました。当時は、地域住民との交流を軸としたイベントの開催や地域コミュニティの活動支援等を積極的に行っていましたが、現在、関係人口創出に向けた事業は町の手から離れています。なぜなら、地域の団体や観光事業者の方々が自発的に、イベントの開催や体験コンテンツの提供に乗り出しているからです。コロナ禍においても都心部からの人の流れが絶えなかった中山間地域を中心に地域活動が活発化し、私たち行政が介入しないからこそ生まれたユニークで温かいコミュニティが自発的に育っているのです。こうした地域内の流れは、空き家の利活用や、農業をはじめとする担い手不足の解消にもつながるという好循環を生み出しており、私たちは、この機会を逃すまいと、地域と都心部の関係性をさらに深化させるため、寄地区の暮らしと人に着目した新しい地域誌(フリーペーパー)『YADLOG(ヤドログ)』を今年度創刊しました。町職員である私自身も編集に加わり、移住希望者やこれまでに創出した関係人口に対し、「寄地区の住民が生きてきた風景」を通じて温かい地域の魅力をリアルに伝えています。この地域誌を手に取った方が、地域に親しみを覚え、いずれ二地域居住や移住を選択してくださることを願ってやみません。

寄地区のコニュニティNPO法人 仂(ろく)

 また、本町では、各種施策を持続可能なものにするため、ふるさと納税や企業版ふるさと納税の活用にも注力しています。さらに、民間企業のノウハウや人的資源を積極的に取り込む官民連携に取り組み、これまでに大手企業をはじめとして計22社との包括連携協定を締結し、マンパワーで不足する部分を補うことで、町の活力の維持・向上につとめています。​

5. 10年の挑戦で掴んだ教訓と未来への新たな一歩

今年初めて参加した二地域居住推進フォーラム

 本町が10年で「消滅可能性都市からの脱却」を達成できたのは、数ある課題に対し、小さな組織であることを活かして庁舎内の連携体制がとれたこと、そして多角的なアプローチを粘り強く継続できたことに尽きます。

 先日、寄地区で二地域居住を始められたご夫婦に道端でばったりお会いする機会がありました。その方は、空き家バンクに掲載された物件を気に入って購入され、週末を中心に同地区に滞在されています。「何かお困りごとはありませんか。」と尋ねたところ「近所の方に紹介された農地を借りることになって、これから作業なの。」と楽しそうに教えてくださいました。私たちとしては、長年住み手がいなかった空き家が1件解消されただけでも良かったのですが、順調に地域に溶け込めていることや、ここならではの活動を始めて「いきいき」とお過ごしであることが、何よりうれしかったです。私たちの取組が単なる数値目標ではない、「人の暮らしと未来」を創る仕事だと改めて実感しました。

少子化対策で未だに大きな課題が残る中山間地 域の寄地区

 「チルドレン・ファースト」等の取組が一定の成果を出している一方で、こどもの数を増やし少子化に対抗するという最終目標においては、依然として大きな課題に直面しています。特に、中山間地域の寄地区では、平成30年度に中学校が閉校し、現在、小学校は全校生徒20名、幼稚園はわずか6名と、存続の危機に瀕しています。現状、同地区への移住は、定年後の人生を自然豊かな地域で過ごしたいというリタイア層の需要が多く、子育て世代の移住者の獲得は、今一つ成果が出ていません。状況は時間の流れとともに常に変化しているため、これまでの取組だけでは、太刀打ちできないということを痛感しており、地域を未来につなげるための新たな1歩をどのように踏み出すか、検討を続けています。

 今後も私たちは、成功と課題の双方から学び、「チルドレン・ファースト」の理念を堅持し、歩みを続けます。本町の経験が、全国の町村の皆さまにとって、課題解決に向けた取組の一助となれば幸いです。


松田町定住少子化担当室
米山 愛莉