▲重盤岩:町の中央にそびえ立つ奇岩「重盤岩(ちょうはんがん)」は町のシンボル的な存在。
高さ約80mの展望広場からは、まち並みや不知火海を望むことができます。
熊本県津奈木町
3322号(2025年6月16日)
熊本県津奈木町
政策企画 福田 大作
津奈木町は熊本県の最南部に位置し、東西6.5km、南北9kmで総面積は34.08km²あります。東・南・北の三方は標高200mほどの低山に囲まれ、西側は九州の地中海と呼ばれる美しい不知火海に面し、天草群島と相対しています。海と山の距離が近く、山から西の海に向かって広がる温暖で急峻な園地では、不知火(デコポン)、甘夏、スイートスプリング等の柑橘栽培が盛んです。また、芦北海岸県立自然公園の指定を受けている風光明媚なリアス式海岸線を利用して県内有数の養殖団地が形成され、ヒラメやフグ等の養殖が行われています。近年、新たな挑戦として、マガキの養殖や温暖化を逆手にとった熱帯果樹の栽培も始まっています。
本町では、昭和59年から40年にわたり、「緑と彫刻のあるまちづくり」に取り組んでいます。これは、都市部との文化格差を埋めるねらいとあわせ、文化芸術による水俣病からの地域再生が目的でした。昭和58年の庁舎建設をきっかけとして、庁舎内に絵画や彫刻を展示するミニ美術館構想からスタートし、翌年には美術品取得基金条例が制定され、文化を町政の柱とするまちづくりが本格的に始まります。住民の心を癒すために、アートこそが効果を発揮すると考え、現在では16体の彫刻作品が町内各所に設置されるまでになりました。
その後も町の文化芸術によるまちづくりは続き、平成13年には活動の拠点となる町立のつなぎ美術館が開館しました。郷土ゆかりのコレクションがないことによる希薄だった地域との関係を深めるために、平成20年からは全国のさまざまなジャンルの芸術家が住民との協働によって表現活動を行う住民参画型アートプロジェクトを推進します。さらに、平成26年からは国内外の芸術家が町に滞在しながら制作した作品をコレクションに加えるプログラムを実施しています。このようなつなぎ美術館における長年の取組は、熊本県内でアートのまちと言えば津奈木町と言われるくらい認知度も高まり、その先駆的な取組によって全国的にも高い評価を受けるようになりました。
本町を含む水俣・芦北地域は、公害の原点と言われる水俣病の発生地域です。その原因が工場排水による海の汚染であったことを教訓として、平成25年に始まったのが「つなぎFARMプロジェクト」。一般的に食の安全をベースに考える場合、“農薬を使わないこと”の方が高い優先順位で語られることが多いのですが、つなぎFARMの場合は“肥料で土壌や地下水を汚染しないこと”の方が大きな意味を持ちます。そのような考え方のもと、可能な限り農薬や肥料に頼らない農業を地域の選択肢のひとつにしようと始まりました。しかし戦後の農業は、農薬や化学肥料の使用を基礎として発展してきたことから、簡単に受け入れられるものではありませんでした。そこで町では実践的な栽培技術を学ぶことができる環境配慮型農業実践塾を定期的に開催すると同時に、食の安全や環境との共生をテーマとした料理教室や講演会、映画の上映会等を繰り返し行いました。また、町役場の担当者が自ら米の無肥料・無農薬栽培に挑戦し、除草の苦労や栽培のポイントを体感しつつ、生産者と同じ目線に立って事業を推進することで、ゆっくりではありますが、確実にプロジェクトが動き始め、いまに至ります。
地域の伝統食を次世代につなぐ取組として、中学生とともに行っているのが「寒漬(かんつけ)」の製造です。耕作放棄地で栽培された無肥料・無農薬の大根を寒風にさらしたあと、塩漬けにする。さらにそれを天日干しにしたものを醤油や砂糖、酢などの調味液に漬け込んで作ります。中学校のベランダに寒漬大根が干された風景は津奈木の冬の風物詩になっています。また、小学生との連携事業では、耕作放棄地で地域特産であるサラダ玉ねぎを作る事業に取り組んでいます。これら農業分野と教育分野との接続・連携の取組は、新たな価値創出だけでなく、地域課題の解決につながる取組へと発展しています。
つなぎFARMプロジェクトの一環として、耕作放棄地の有効活用と農業体験による食・農・環境教育、農業者とこどもたちの交流を目的として実施してきた小中学生の農業体験事業。町内の農家のお兄さんや母ちゃんたちがこどもたちの総合学習の講師を務めることで、町の基幹産業である第一次産業の現場の声を直接届けることができる、生きた学びと相互交流の場として機能し、教わる側のこどもたちにとっても教える側の大人たちにとっても成長の機会となる人材育成の取組へと成長しました。また、こどもたちが行う作業についても、単に収穫体験だけを行うような軽いものではなく、苗の植え付けから除草などの農地・農作物の管理、そして収穫までの各行程における農作業を分担して担当するという、ホンモノの体験をめざして取り組んできました。こうやって小学生が栽培したサラダ玉ねぎは、学校給食の食材として使用するほか、東日本大震災や熊本地震の被災地に贈るなどしてきました。しかし、新型コロナウイルス感染症の感染拡大によってその事業が実施できなくなってしまいます。そこで、行き場をなくしたサラダ玉ねぎを救うべく、これまで地域の食の振興に関わっていた「(株)食文化」が運営する通販サイトで販売することになりました。その結果、当初の予想を上回り、あっという間に完売してしまいます。そしてそれだけにとどまらず、全国各地の購入者からあたたかなお礼や再度購入したいという応援の手紙が届きました。これをきっかけとして「小学生に消費者へ商品が届くまでの仕組み、販売の面白さを学ぶことができるようなプログラムにしていけばどうだろうか。そうすることでこれまでの食・農・環境教育がより深みを増し、より良い体験プログラムになるのではないか」という考えに至り、町と同社とで「子どもの農業を通じたマーケティング学習に関する連携協定」を締結(令和3年12月3日)し、スタートしたのがアグリビジネスチャレンジ事業です。こどもたちはオンラインを含む計10回の授業でマーケティングの基礎を学び、サラダ玉ねぎや町の魅力、生産現場の想い等を効果的に伝えるためのウェブページの作り方やメールマガジンの書き方、さらには段ボールのデザインまで手掛け、購入者への感謝の手紙とともに全国へ発送しました。このように小学生自らが農産物の生産から販売までのすべてに携わる先進的な取組が評価され、令和5年1月にキャリア教育文部科学大臣表彰を受賞しました。
全国的に本格的な人口減少社会を迎える中、持続可能な地域経営を実現するための基盤づくりとして、令和3年度から地域商社推進事業に取り組んできました。この事業は、町と町経済団体とで組織する地域商社推進協議会を推進母体として、町全体の販売力向上につながる各種取組を推進するものです。具体的には、町事業者が行う商品開発や販路拡大の支援、町特産品の国内外への販路拡大やPR等に取り組みつつ、これまで一般財団法人で運営してきた町の物産館をアップデートし、外販機能を強化した新たな地域商社に移行することをめざしてスタートしました。その中で、町の若手生産者や事業者等でつくるワーキング会議において、2年にわたり10回以上のワークショップや学習会を重ねましたが、なかなか意見はまとまりませんでした。そのような中、アグリビジネスチャレンジ事業で連携していた「(株)食文化」から連携の提案を受けたことをきっかけに、町と町商工会、民間企業である同社との共同出資による地域商社「(株)つなぎつくる」の設立(令和6年8月8日)が実現しました。(株)つなぎつくるは、令和7年度から新たに町物産館の指定管理を担い、「今日よりも明日をもっと楽しく」を運営のビジョンとして活動をスタートします。物産館の売上増による雇用拡大を実現しながら、将来的な町の価値向上につながるようなPR事業にも取り組んでいく予定です。
町では、新たに令和6年度からの10年間を期間とする第10期振興計画を策定しました。メインテーマは「人と自然、アートがつなぐ希望をもって住めるまち」。地球温暖化等に起因して頻発化する自然災害、ウイルスとの共存や終わりの見えない物価高騰など、本当に先が見通せない時代になりましたが、このような時代だからこそ、これまで40年以上にわたって続けてきた文化芸術のまちづくりを基礎として、アート思考で明るい未来を切り拓き、希望が生まれ続けるようなまちづくりを進めることとしています。このことは、これまでの経験や科学的根拠を重視してきた論理的思考に加え、人間が持つ直感や感性に基づくアート思考によっておおらかなビジョンを生み出し、より柔軟な行動が起こせるようなまちづくりを進めることを意味します。オール津奈木で団結し、未来志向で物事を捉え、次世代の希望を生み出すための行動に果敢にチャレンジしていきます。
熊本県 津奈木町
政策企画課 福田 大作