▲防災拠点型複合庁舎「ワタシノ」の外観(令和5年5月28日供用開始)
北海道小清水町
3316号(2025年4月14日)
北海道小清水町
総務課 細川 正彦
小清水町は、北海道東部に位置し、周囲は北がオホーツク海、東は斜里町と清里町に、西は網走市と大空町、南は釧路管内弟子屈町に接しており、総面積は286.89km²、人口は4,373人(令和6年11月1日時点)です。「小清水」の町名起源は二つの由緒から定められたものです。一つ目は町内に流れるポンヤンベツ川がアイヌ語でポン(小さい)、ヤムベツ(清水の川)とされ、そのほとりに小清水市街ができたこと、二つ目は、当時県道沿いのポンヤンベツ川付近に湧き水があり、きれいに澄んだ冷たくおいしい飲み水として旅人らに親しまれていたことから、この小さな清水の名を取った駅逓の名「小清水」によるものであります。
本町は藻琴山山麓下部のなだらかな丘陵地帯に位置し、年間平均気温が摂氏6~7℃前後と亜寒帯の気候区分で厳しい自然環境下にあります。寒冷地作物である麦類・ばれいしょ・てんさいを中心に野菜類のほか、酪農や畜産物の生産も行われる基幹産業を農業とする北海道有数のまちであります。1960年の11,517人をピークに人口は減少を続け、当然に生産人口も減少。その結果、戸あたり経営面積の拡大とともに農業機械が大型化され、現在は大規模畑作経営が展開されております。
また、オホーツク海沿いに広がる小清水原生花園をはじめ標高1,000mの藻琴山、北海道内最大級の渡り鳥(日本全国で見られる野鳥の約半数300種)の中継地である濤沸湖を有するほか、緯度が高いことから本州では1,500~2,500mの高さにまで行かないと見られない亜高山帯が、250~1,000mエリアで確認できます。このように、多様な植物の生育が縦に凝縮された海・山・湖の自然環境を活かした「未来へとつづくまち」に向け地方創生に取り組んでおります。
地方創生への取組の一歩として、関係(交流)人口の増加をめざし、自然を堪能できる藻琴山やバードウォッチングの聖地である濤沸湖といった貴重な観光資源を活かすため、平成30年春、道東初となるモンベルストアとビジターセンターが複合となった観光拠点施設のオープンを機に、アウトドア分野で大きな影響力を持つ株式会社 mont-bellと包括連携協定を結び、アウトドア活動等の促進を通じて地域の活性化につなげております。令和元年から例年6月に網走市と共同でオホーツクsea to summitを開催し、全国から多くの方々に参加いただくなど、平成3年の100万人から平成27年の20万人まで減少していた原生花園・濤沸湖エリアの観光客が、令和5年には60万人弱まで回復いたしました。
また、この包括連携協定を機に、本町のまちづくりに賛同いただいたさまざまな民間企業と地方創生に取り組んでいます。その代表的なものとして、設計事業者を除き4社の民間事業者と定期的なミーティングを重ね、令和5年5月に供用開始に至った、防災拠点型複合庁舎「ワタシノ」があります。
防災拠点型複合庁舎「ワタシノ」の具体は後に触れるとして、この「ワタシノ」の機能としてにぎわいと防災を持たせ、「フェーズフリー」の概念を取り入れました。
フェーズフリーとは、「日常時」と「非常時」という2つの社会状況(フェーズ)から自由(フリー)になり、日常の生活(いつも)を豊かにするモノが、非常時(もしも)においても役立てられるようデザインしようという防災にまつわる新しい考え方のことで、一般社団法人フェーズフリー協会 代表理事 佐藤唯行氏の発案・提唱したものであります。
本町とフェーズフリーとの出会いは、老朽化した役場庁舎改築の検討時です。改築検討に協力をいただいていた株式会社ルネサンスから(一社)フェーズフリー協会 佐藤代表理事をご紹介いただき、過疎化が進む市中の活性化、コミュニティの再生、非常時には住民が逃げ込める機能をフェーズフリーの考え方をもとに検討していくことといたしました。
防災拠点型複合庁舎「ワタシノ」は、いつ起こるかわからない地震や洪水等の災害が発生した際にも機能を維持し、避難生活をストレスなく支援する施設となるようフェーズフリーの考え方を取り入れて設計しております。まず、建物は地震に対する耐力を高める強固な構造を持ち、建物の入り口は3か所用意することで、新型コロナウイルス等の感染症対策として人の導線確保を図ることが可能であるほか、非常時の防災対策本部設置施設であることからも、より迅速な避難者対応等が行えると考えております。
庁舎の改築は、平成30年に発生した北海道胆振東部地震により43時間に及ぶブラックアウトに見舞われ、どんな状況を迎えても住民が安全安心に過ごせるような施設の必要性を痛感したことがきっかけとなっており、検討にあたってはさまざまな民間事業者との意見交換等からフェーズフリーに出会い、日頃使い慣れた施設が非常時にはできる限り日常の生活を提供できる施設になるようその概念を取り入れた施設としております。
また、施設の暖房は温泉熱を利用しており、本町は同熱をトレーニングセンター等の教育施設や福祉施設、農業用ハウス等の暖房に利用するなど地域資源を有効活用しております。
「ワタシノ」は、市中の活性化・コミュニティの再生を目的とした住民の生活を豊かにする「にぎわいのある空間」を併設しております。これは「これまで用事のある場合にしか利用されなかった役場を、いつも利用されている場所に役場がある」といったものにし、この施設がいつでも気軽に利用できる施設となるよう整備いたしました。施設にはこれまで町になかったフィットネスジム、コインランドリーに加え、いつでも利用可能となるコミュニティスペースとカフェ機能を設け、開業以来、町内外問わず多くの方に利用いただき、令和5年のにぎわい空間の利用者は13,755人となっております。スポーツジムは会員制ですが約300名、利用者は延べ12,720人で、だれでも利用できるカフェの利用者は11,979人、コインランドリーの延べ回転数は92,150回となっているほか、コミュニティスペースは各種団体の方も含め自由に活用でき、また、職員との打合わせや最近ではワーキングスペースとしても利用されております。非常時には、フィットネスジムは避難場所、カフェは簡易な炊き出しの場として利用できるよう整備しています。
「ワタシノ」の隣接地には小清水赤十字病院があるほか、町と包括連携協定を結んだ株式会社サッポロドラッグストアーの店舗を令和6年11月にオープンしていただきました。同社とは住民の生活利便性向上はもとより災害時には生活物資等の供給を行っていただくこととしており、ドラッグストアで日常は商品として取り揃えられている物が、非常時には災害物資として供給いただけるまちの備蓄倉庫として活躍いただけるものとなっております。
このように住民の日常生活がこれまでより豊かになるよう進め、非常時にも機能等が役立つといったフェーズフリーの考え方を各所で取り入れ、11月10日に供用開始しました認定こども園「にじいろ」においても、日常時の開放的な空間が非常時には園児の状況等が見渡しやすい空間となるなど工夫を凝らしています。
「ワタシノ」はフェーズフリーアワード2024(令和6年9月28日東京大学駒場地区キャンパス開催)事業部門で「シルバー賞」を受賞しましたが、審査員より「用事がなければ行くことのない庁舎、そこに自然と人が集う。これまでの概念を一新する斬新な取組」との感想をいただき、この施設の機能とコンセプトが客観的に評価されたことは率直にうれしい限りであります。
本町はフェーズフリーの考え方をまちづくりに取り入れることとし、現在策定中のデジタル田園都市国家構想総合戦略にその視点を盛り込むこととしております。地方創生の取組をより一層進めるうえで防災だけに備えるのではなく、住民の生活を豊かにするさまざまな施策が非常時に役立てるようにすることで、結果、災害に強いまちづくりにつなげていきたいとの考えであります。フェーズフリーはお金をかけて行うものではなく、また、だれもが取組やすいものであります。防災拠点型複合庁舎建設の検討にあたっては、将来の人口減少も想定されることからも「コンパクトな庁舎でよい」といった住民のお声もいただきましたが、普段の生活が豊かになる機能が非常時には前述した機能として役立つといったフェーズフリーの考え方を伝えることで、住民の皆さまからの異論もなく、整備することができました。
現在は、町民アプリ「KOSHiMO」を構築し、町の情報配信はもとより、オンラインによるイベントの申込みや公金納付を可能とする行政手続のデジタル化など、時代に即した住民の利便性向上にも取り組んでおります。KOSHiMOは会員登録を行うことでスムーズな行政手続を行えるだけではなく、構築中の公共施設の予約・チェックイン機能によって非常時の避難所受付に活かせるよう考慮しており、デジタルでもフェーズフリー視点で検討しているところであります。
少子高齢化・人口減少、さらには限られた財政状況での施策形成など解決すべき課題は山積しておりますが、「住民が幸せを感じ、笑顔で安心して暮らせるまちづくり」、そして「未来へとつづくまち」をめざす中で、いつ起こるかわからない災害にも強いまちづくりにおいて「フェーズフリー」の概念は、常日頃非常時に各施策が役立てるのかを考えるきっかけとなり、自然と防災に対する意識向上につながるものと考えております。
本町のフェーズフリーの取組は、まだまだ始まったばかりですが、非常時に重要となる「共助」(コミュニティ)を再生し、多くの方が住み続けられる・住みたいまちと思ってもらえるよう取り組んでいきたいと思います。
北海道小清水町
総務課 細川 正彦