▲(株)FORTHEESの碾茶工場の前で東彼杵町職員・坂本修一氏(右から3人目)を囲んで。 右から地域
農政未来塾の荘林主任講師、生源寺塾長、(株)FORTHEES福田氏、北郷氏、小野全国町村会経済農林部長。
長崎県東彼杵町
3292号(2024年9月2日)
全国町村会
経済農林部
長崎空港から車で約25分。波穏やかな大村湾の東側に面し、町の山側には茶畑が広がり、空港から町への道中、美しい光景が楽しめる。かつてこの町の港には鯨が水揚げされ、鯨肉取引の中心地としても栄えた。
令和6年6月、生源寺眞一塾長と荘林幹太郎主任講師(総合地球環境学研究所プログラムディレクター)が現地を訪れた。令和5年度(第7期)最優秀論文に選ばれた長崎県東彼杵町職員、坂本修一氏を訪ねるためである。今回は、町職員に向けた氏の論文発表とともに、生源寺塾長より地域農政未来塾の意義や効果についての講演と、坂本氏の論文指導にあたった荘林主任講師による論文解説の場が設けられた。
会場となった町総合会館には、全職員の約3分の1にあたる40名ほどの職員が集まり、発表と講演に耳を傾けた。
地域農政未来塾(塾長・生源寺眞一東京大学・福島大学名誉教授)は平成28年に開塾。令和2年度の中断を除き、現在8期が開講している。全国各地の町村から集まった約20名の塾生は、講義のほか4名の主任講師の指導のもとで各ゼミに分かれて議論。総仕上げとして修了論文を執筆する。2月の修了式では、塾長が最優秀論文賞、優秀論文賞を選定し、表彰している。 |
長崎県東彼杵町は、長崎県のほぼ中央部、大村湾の東側に面する。人口は県内で2番目に少ない7,383人(令和6年5月31日現在)、面積は74.29km²と本土の町の中で一番広く、約60%を山林が占めている。長崎自動車道「東そのぎIC」が町の中心部に位置し、長崎市まで車で約40分、長崎空港まで約25分で接続できるアクセスの良い町である。基幹産業は農業で、お茶やいちご、みかん、アスパラガスなどが主に栽培されている。
生源寺塾長は、講演の中で、中山間地域を含む点は多くの町村の共通項であるが、自然環境と歴史・文化は個性的であると指摘。農政の課題も町村の個性が反映され、定型的な答えがあるわけではなく、立地条件や歴史によって培われた地域の強みを活かす方策を独自に探究することが重要であり、それが論文執筆にもつながると述べた。「大切なのは『解答』ではなく、『解法』だと塾生には伝えている」と強調した。
また、農村地域、特に中山間地域を支える政策は多岐にわたり、町村役場の場合、他の分野を担当したのちに農政を担うなど、さまざまな領域を経験するのが普通であること、同時に異なる分野の職員と日常的に隣り合わせである点も特徴的だとし、こうした分野横断的な経験と交流を活かす工夫も農村政策には有益だと述べた。坂本氏の論文も、町の将来に向けた提案とともに、提案に対する反発についても目配りしながら、氏がまちづくり課、建設課といった異なった課を経験して培った視点が随所に見られるとし、「立体的な論文となっている」と高く評価し、講演を締め括った。
続いて、最優秀賞を受賞した坂本氏が論文発表を行った。
ここでは、その概要を紹介する。
坂本氏の論文のタイトルは、「日本一美しい田舎を目指す~東彼杵町の景観資源を守るには~」。
東彼杵町の一番の魅力は、美しい田舎の風景が広がる景観資源である。しかし、人口減少・高齢化の進行により、農業の担い手が少なくなることで農地の荒廃やそれに伴う美しい田舎の風景の維持が難しくなる。また、人口が分散して居住しているという町の特性により、今後のインフラ維持更新費用の増大に危機感を強く感じる。
そこで、この2点を解決する方策として、「町独自の農村型コンパクトシティ」の考えを取り入れたい。住むエリアを集約することで、インフラの維持更新に係る費用を削減し、町の財政に余裕ができ、農村景観の保全に取り組むことを可能とする。町独自の農村型コンパクトシティ構想の導入、景観政策の強化、農業の担い手の確保の3つの柱から構成される政策パッケージの提案を行う。
※論文全文は、全国町村会町村専用ページの「町村.com」2024年5月16日更新ページに掲載しています。
論文発表の後、荘林主任講師から、坂本論文に対する、次のような分析と解説があった。
論文の政策提案は統合的なアプローチをとっている点が大きな特徴だ。人口減少とインフラの維持更新の危機を町の最重要課題として捉え、それらを克服するための方策として、「町独自の農村型コンパクトシティ」の考えを取り入れ、住むところを集約する。これによりインフラ維持更新を効率的に行うことができ、町の財政に余裕が生まれ、政策手法の選択肢が広がるため農村景観の保全に取り組むことが可能となる。その上で坂本氏は、東彼杵町の特産物であるお茶畑や棚田から見える大村湾の風景は町の魅力であり、それらの基礎となる中山間地域の農地は重要であることから、コンパクトシティ導入により生じた余力を地域の農村景観保全に振り向けてはどうかと提案する。
こうした、農村型コンパクトシティ構想の導入、景観政策の強化、農業の担い手の確保の3つの柱から構成される政策パッケージについて、荘林主任講師は「都市住宅政策、景観政策、農業・農村政策、インフラ政策の観点があり、統合アプローチをとろうとしている」 と解説。
また、評価できる点として、政策手法の間のトレードオフやシナジーを挙げた。坂本氏の論文は農村コンパクトシティ構想に対する町内の各地域での予想される反応に言及しつつ、人口減少・高齢化のもとで同構想を実現することで農村景観が維持されることの効果を論じている。
このような評価ポイントに加えて、「論文では政策実現のための具体的な方策も提案されている」と指摘した。例えば、坂本氏は農村型コンパクトシティにおいて居住エリアと農業エリアにゾーニングすることを提案しているが、農業エリアでの景観形成策の強化のために、 既にある「東彼杵町景観計画・景観条例」の「重点景観形成地区」の枠組みを用いて、そこに中山間地域等直接支払制度等を連動させる仕組みや、景観保全に寄与する活動に対して交付金を支給する新たな制度導入など、非常に具体的な政策手法を挙げている。
最後に、荘林主任講師は、町民の幸福度が向上するような政策を地域の歴史や文化を踏まえつつ大胆に構想し、それを理論や実証で裏付け、企画・提案・実施するのが、公務員のwell-beingではないかと提起。「住民の皆さんの幸せを皆さんと一緒に考える場が地域農政未来塾。この場でお伝えしたことに関心を持ったら、未来塾にぜひ応募してほしい」と締め括った。
町の地域活性化グループが令和4年度国土交通省地域づくり表彰で大臣表彰を受けるなど、「UIターン者やお店が増え、地域がにぎわっている」(髙月淳一郎総務課長)という東彼杵町の取組を紹介したい。
■東そのぎ特別町民&オフィシャルサポーター制度
東彼杵町では、令和4年11月に「東そのぎ特別町民&オフィシャルサポーター制度」を創設した。そのぎ茶の愛飲者や町に興味がある町外在住者を対象とした町民制度で、登録するとメールによる情報提供や、氏名などを刷り込んだ名刺が贈られるなど、さまざまな特典を受けることができ、関係人口やUIターン者の拡大、物産振興につなげている。
■そのぎ茶
県内のお茶生産量の約6割を占める町特産のそのぎ茶は、茶葉の形状が丸く、じっくり時間をかけて茶葉の芯まで高温で蒸す製法で作られているため「蒸し製玉緑茶」と呼ばれ、緑茶の生産シェア全体の2%ほどの珍しいお茶である。土づくりや被覆の仕方にこだわり、全国の生産者がお茶の出来栄えを競う「全国茶品評会」や、消費者が選ぶ日本一おいしいお茶のコンテストである「日本茶AWARD」で何度も日本一を受賞したことにより、「そのぎ茶」ブランドを確立した。
■株式会社FORTHEES(フォーティーズ)
一方で、緑茶の消費量は減少傾向にあり、生産者の大幅な所得向上に結び付いていない。そこで、町の若手生産者はケーキやアイスクリームなどに加工しやすい抹茶に注目した。新たな市場が期待できるほか、海外輸出も増えている。30~40代の、いずれも全国や県内の品評会で上位入賞した生産者らが集まり、FORTHEESをつくり、「そのぎ抹茶」の生産体制整備に乗り出した。国や町の補助金を活用し、散茶機や碾茶炉、碾茶を粉末状の抹茶に加工する設備などを備えた工場を建設し、国内外へ碾茶や抹茶を出荷している。
東彼杵町からは、坂本氏を含め2名の職員が受講している。塾受講によって変わったことや得たことなどを2人に聞いた。
坂本氏:自分の担当のことばかり考えがちだったが、未来塾に行って広い視野でトータルに考えることが重要だと改めて気づいた。また、塾生は北海道から鹿児島まで、全然事情が違うところから来ており、自分の地域の良さに気づくことができた。
辻孝一朗氏(令和元年度受講):受講時は財政課にいて、農政は何も分からなかったが、農林水産業に関わる現在の部署に異動したら、未来塾で学んだことを思い出したり、自分で補助事業を使えないか当時の資料を見返したりしている。全国の仲間とつながれたことはとても有意義だった。
上司である髙月総務課長も「論文を職員に対して発表するという、新しい取組ができたことが成果の現れではないか」と研修の手応えを感じていた。
地域農政未来塾は、毎年11月頃に翌年度の募集を開始する。日頃の業務の中ではなかなか気づけない、得られない視点を学んだり、住民の幸福度を高めるために行政として何ができるのか考えたり、全国の町村職員とつながりたいと思われる方は本塾にぜひ応募していただきたい。
全国町村会 経済農林部